
長い人生(?)の中で、
実際に火事の現場を見たことは、何度もはない。
かすかな記憶を辿れば、小学生の頃、
近所の銭湯が出火したのを、
野次馬丸出しで、見に行った事があった。
(と、思うのだが、定かではない)
もちろん、その火事を、
自分でどうこうできるはずもなく、
消防隊が消火している様子を、
はらはらしながら傍観していることしか、
我々には出来ない。
この数日間で、インドネシアでの地震のことを
2度、ここに書いた。
死者の数も、どんどん増えているようで、
遠く(地球的視野で言えば近いのだが)離れた
ここからでは、何の手も施す事ができず、
悔しい気持ちばかりが募る。
対岸の火事を、ただ、傍観しているしかない。
この地震に関することをここに書いたことで、
実は、思っている事がある。
このブログも、案外、色々な人が読んでくださっていて、
コメントも、ちらほらとではあるが、
日々、何かしら、いただくのだが、
今のところ、
今回の地震について、どなたからも、何も言われていない。
そう言えば、職場の、日常の会話の中でも、
誰もこのことについて言及していなかった。
コメントをするとしても、
または口に出して話してみたとしても、
ある種の虚しさばかりが蓄積されるばかりなのかも知れないし、
何を言ってみたところで、何が変わる訳でもない、と、
みな思っているのだろうか?
或は、単なる無関心で、まさに、『対岸の火事』。
火の粉も飛んで来ず、延焼の心配も無いなら、
自分たちには、何ら関わりのないこと、と、
思っているのだろうか?
今回の地震のことは、
”Around the Round Table - intercontinental"にも、
短く紹介したのだが、
実は、そちらを通じては、
即座に何人からかのメールを受け取った。
イギリス、フランス、シンガポールなどの友人たちからだ。
日本人だから、そうでないから、
という比較論は、間違っているとは思うが、
往々にして、島国にいる日本人は、
世界のどこで何が起きても、対岸の火事として、
眺めていることが、多いように思う。
周わりを、ぐるりと海に囲まれているこの国は、
まさに、ここより外の国や地域は、対岸であるから、
仕方の無いことなのだろうか?
そう、言っている、わたし、Giovanniとて、同様で、
今回は、自分に馴染みのあるインドネシアであったが、
これが、モルジブだったりベネズエラだったら、
ここまでの思いはしないまま、
遠くで燃える火事の火を、ちらっと見るだけで、
おしまいだったかも知れない。
思いを届かせる、という、非科学的な方法を、
わたし、Giovanniは、信じている。
以前、スリランカを訪問したことがある。
民族間の紛争がとても激しい時期で、
(今もそれは続いているが)
銃を抱えた兵士が、至る所におり、
わたしが滞在していたわずか10日ほどの間にも、
政治家が暗殺される、というような
緊迫した状況下だった。
学生たちのグループと、話す機会があって、
そこで、
『この国のこういう状況を見て、あなたの意見を
聞かせてください。どうしたら、こういう状況から
我々は脱することができるのでしょうか?』と、
質問をされた。
わたし、Giovanniも、政治に明るいわけではなく、
また、彼らの態度が熱心であるだけに、
不用意な発言はできないと思った。
『政治的な発言は、わたしにはできない。
わたしに言えるのは、目に見えない力を
信じる事が大切なのではないか、ということだ。』
苦し紛れ半分に、このように答えたのを覚えている。
彼らの反応は、非常に冷ややかで、
それで何の解決になるというのか?と、
批難する声も、上がったが、
それは当然と言えば当然だったろう。
わたしがそこで言いたかったのは、
人間として、できる色々な手をつくした上で、
後は、何か見えない力に委ねるしかない、
ということだった。
そういう、
何か気持ちのよりどころのような場所がないと、
行き詰まってしまって、
ただ、しんどいだけなのではないか、と、
言いたかったのだ。
彼らとのディスカッションの最後に、
わたしは、一つ、約束をした事がある。
『今日、みなさんと出会った事、
スリランカという国にあなたたちがいて、
日々の緊迫の中で、希望を捨てずに生き続けようと
しているということ。
わたしは、生涯、このことを忘れずに覚えている。
いつも、わたしの思いの中に、
あなたたちは存在し続けるでしょう。』
それまで、若干、
期待はずれに白けた顔をしていた学生たちが、
わたしが宣言した約束を聞いて、
俄に表情を変え、口々に、
『わたしたちも、
あなたとの今日の出会いを忘れない!
あなたも、いつまでもわたしたちの思いの中に
いるでしょう。』と、言ってれた。
そして、現に、あれからの長い歳月で、
もちろん、顔も名前も、とうの昔に忘れてしまったが、
約束通り、彼らは今も、わたしの思いの内にいる。
と、同時に、
彼らの言葉に、彼らとの約束の言葉に、
支えられながら、今を生きている自分がいる。
災害や、思いもかけなかった事故や、
或は、戦争で、
絶望のどん底に突き落とされた人たちが、
何を待ち望んでいるだろうか、と、考えるとき、
それは、救助の手であったり、温かい食事だったり、
政治的和解だったりするかも知れない。
または、もっと身近な事を考えるとき、
身よりもなく、孤独の中で寂しく生きる高齢者や、
親に虐待を受け、息を殺しながら日々を送るこどもたちが、
何を待っているだろうか?
その答えを見いだそうとするとき、
わたし、Giovanniは、こう考える。
そういう状況にある人たちが、望み、待っているのは、
単なる物資や、形式だけではなく
(それらもまたもちろん重要であるが)
自分たちは、仲間や家族や、社会、世界から、
決して忘れられてはいない、という
確信ではないかと思う。
思いを届ける、気持ちを送る、という行為。
それによって何かが劇的に変わるとか、
全てが元に戻る、というのではないのだが、
そういう目に見えない力が、
実は、人の心に働きかけるのではないか、と、
わたし、Giovanniは、考える。
幸いな事に、わたしには、
最後に会ってから、何十年が経っても、
今も尚、見えない何かによって、
強く繋がっている、友人たち、仲間たちが、
世界の至る所にいる。
わたしのことを、きっと忘れないでいてくれる、
彼らの存在にわたしは、生かされているのだ。
対岸の火事を、ここから消す事はできない。
だが、
わたしは、あなたたちと一緒にいる、
というこの思いを、届けることは、
さほど、難しくはない。


































