火曜日, 11月 28, 2006

爆発事故に巻き込まれる、の巻

年次休消化の目的で、
月2回くらい特に予定も無いけど、
休みを入れてもらっている。
今日は、その日。
明日の自分の定休と合わせると2連休ということだ。

生憎の天気で、
気分もまったりとしているけれど、
それでも泳ぎに行ったり、町へ出かけようと、
地味にウキウキしながら、
朝、きちんと起きて、コーヒーの支度をしていた。

わが家のコーヒーは、
簡易エスプレッソマシン、などとも呼ばれる
モカポットを使用。
下段の水タンクと、上段のポット部分を密閉し、
タンク部に仕掛けたコーヒーの粉を入れたフィルター部分に、
火にかけて圧力がかかった下段の水が、
瞬時に水蒸気と化し、コーヒー粉を通過し、
抽出されたコーヒーが上部ポット部から噴出する、
という仕組み。

何十年と、わが家のコーヒーは、こうして
毎朝毎晩良い香りを放ちながら、
作られていたのだ。

静かな連休の薄曇りの朝。

よりによって・・・

ブン!

という鈍い音が静寂を突き破った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。

次の瞬間、
部屋中が、茶色い飛沫に覆われた様子が、
目に入った。

モカポットが、爆発したのだ。












ポットの上部と下部を、
回し閉めるときに、
調子が悪い手応えは確かにあったのだが、
そんなことは全く気にせずに、
火にかけた自分を責めた。

幸い、死者もケガ人も出ることはなく、
ただただ、真っ白なキッチンの壁や天井の
至る箇所に、
深い茶色の、エスプレッソのシミがついただけだった。

わたし、Giovanniの住む、アパートの白い壁は、
ラッキーにも、
ビニール製の壁紙で出来ており、
濡れたタオルでゴシゴシと拭いたら、
シミはウソのように消えていった。
ついでに、いつもより奇麗になった。
ヒョウタンからコマとは、これか?

壁も天井も床も、せっせと磨きながら、
ウキウキの休日が台無しになったと、
悔やみながら、
それが、コーヒーが原因だと分かりつつも、
それでもコーヒーが飲みたくなった。

月曜日, 11月 27, 2006

花を贈る/少し嬉しい

ちょっとした機会に、花を贈る。
職場の同僚で、2歳の娘を持つお母さんがいて、
娘の2歳のお誕生日の時に、
娘へ、ではなくてその同僚に、
小さなブーケをあげたら、
とても喜んでくれたことがある。

女の人で、花をもらって嬉しく無い、という人は、
恐らく希有な存在ではないかな?
小さなブーケでも、
もの凄く喜んでくれるので、
こちらも少し嬉しくなる。

仕事上、とてもお世話になっている女性で、
長年のおつきあいだけれども、
一度も会った事の無いSさんという人がいる。
電話で話をするばかりで、
今までなかなか実際にお目にかかるチャンスが
無かったのである。

そのSさんの職場に、用事があって伺う事になり、
初対面するSさんに、と、
駅前の花屋で、小さなブーケを求めた。
大きな花束なんかは、大仰になると思い、
ちょっとした気持ちを表す意味で、
花屋さんが予めアレンジをして、
可愛いガラスの器に『食卓に飾るブーケ』などと
書いた札を立てて売られているものを一つ選んだ。

途中、電車でもみくちゃにされそうになるのを
かばいながら、遠路はるばる、到着。
Sさんを訪ねたところ、
『Sは体調不良でお休みしています』とのこと。

ウ、ララー。
明日必ず出勤される、と分かっていれば、
お見舞いに、ブーケを置いてくることもできたけれど、
しばらくお休み、ということだったので、
結局、ブーケは手元に残ったまま、
岐路についた。

どうしよう?このブーケ?
と、思いながら、帰り道を少し回り道をして、
別の女友だちを訪ねてみようと思いたった。
ついでに、と言っては何だけれど、
このブーケ、理由もちゃんと話して、
彼女にもらってもらおう、と。
ところが、何と、彼女も今日は不在。

で、結局のところ、





















わが家の食卓に飾られた、
小さなブーケ。

何となく、少し嬉しい。

日曜日, 11月 26, 2006

DONABE DE SOUP

気がつけば11月末。
暖冬と言われているから、比較的暖かいとは言え、
夜、自転車で帰宅して、誰もいない部屋に戻ると、
身体はすっかり冷えきっている。

そういう夜は、土鍋を出してきて、
鍋に限る。

独りで鍋、って、寂しい、と、
おっしゃる人たちもいるけれど、
そんなことは関係無く、
寒い日に、湯気たっぷりの鍋を食せば、
身体も温まり、
心も一緒にポカポカしてくる。

わが家の鍋のレパートリーは、
幾つかあるのだが、
今日は、鍋料理の話ではない。
今日は、土鍋でスープ。

土鍋にたっぷりスープを作って、
チーズトーストなんかを添えて食べれば、
本当に、幸せな気分。
作り方も簡単。
土鍋だから野菜も早く煮える。

☆シルヴァンさんのママンのスープ土鍋バージョン☆

材料 ジャガイモ 玉ねぎ ニンジン キャベツ 鶏肉
   パセリ

作り方 
1 玉ねぎはクシ切り、その他の野菜と鶏肉は一口大に
  乱切りにしておく
2 土鍋に野菜を入れ、水を注ぎ、沸騰するまで強火
3 沸騰してきたら、キャベツ、鶏肉を入れてさらに煮る
4 じゃがいもが柔らかくなったら、塩で味を整える
5 食べるときにパセリのみじん切りを添え、胡椒をひく

  *野菜は他に、ブロッコリー、カリフラワーなど、
  まあ、何でもいいのですよ!
  *トーストに、溶けるチーズをのせて少し焦げ目を
  つけたのを一緒に食べると旨い!

”シルヴァンさんのママンのスープ”という命名は、
このスープをわたし、Giovanniの母が作って、
スイス人のシルヴァンさんに食べさせたところ、
あぁ、ママンの味!と、喜んだのが由来。

とにかく、土鍋は鍋料理だけ、と思っているのであれば、
こういう使い方も、ぜひお試しあれ!


















ちなみに、わが家の土鍋は、長谷製陶のもの。

火曜日, 11月 21, 2006

ひと休み
























東京へ移り住んで、早いもので11年。
そろそろ、12年目に突入する、
わたし、Giovanni。

ご縁があって、始めた今の仕事も、
同じだけの年月、続けて来た。

がむしゃら、と言うには、のんびり過ぎた、
『頑張らない』がモットーでやってきた
11年だった、と、振り返る。

それでも、
ここまで、よく来たなー、
よく続いたなあ、と、
自分を褒めても良いんじゃない?

どうです?
ちょっと、ひと休みしませんか?

何度考え直しても、
やはり、生涯は、ただ一度。
指折り数えれば、その終焉まで、
さほど遠くは無いのだ。

ここらで、ひと休み。

本当に、自分がこうありたい自分であるために、
次に選択するのは、
何なんだろう?と、
コーヒーマグの温もりを、
指先と、掌に感じながら、
考えてみようよ。

深い水の底の、
静かな世界。

砂塵に目を覆いながらも、
走り続ける列車。

見上げると、
どうあがいても自分には
創り出すことの出来ない、
空と雲。

ひと休みの時。

日曜日, 11月 12, 2006

わが家のごはん

25歳の男子1名女子2名が、わが家へやって来た。
名目は、『25歳の会』。

彼らが、時々一緒に飲み食いをしてると聞いて、
夏の頃だったか、飛び入りで参加させてもらった。
年齢不詳キャラのわたし、Giovanni、であるが、
それにしても、うんと年下の彼らと、
話に花が咲き、楽しい飲み食いだったので、
じゃ、次回はわが家へおいで、と、話していたのを、
実現させたのだった。

4、5日前から、
彼らに何を食べさせようか、と、
色々思いめぐらせていたのであるが、
結局のところ、わたし、Giovanniの最も得意なところ、
南仏からイタリアにかけたあたりの家庭の味、
みたいなコンセプトで、メニューを考えた。

その夜のメニューはこんな感じ・・・

*茹で南瓜の自家製マヨネーズ和え
*チコリとカリフラワーのサラダ&サーディンとドライトマトディップ添え
*地鶏と3種の豆トマト煮込み&クスクス
*鰯のマスタードオーヴン焼き
*大根と柿の柚子風味サラダ
*ラ・フランスのクラムブル
*コーヒー

若い男女たちは、十分、堪能してくれて、
美味しい、凄い、を連発。
今年食べた最高の料理、などと褒められて、
少し照れたけれど、
美味しいと言われて、嬉しくないわけはなかった、
わたし、Giovanni。

ここ何ヶ月も、人を招いたことがなかったが、
以前はちょくちょく、こうやって、
職場の子たちや、友人を、2人3人、
多い時には12、3人もがやってきて、
わが家の食卓に共に着くことがあった。

一緒に働いてる子たちなど、中にはご実家暮らしもいるが、
概ね、一人暮らしで、
彼らの昼食の様子などを見ていると、
1コインショップで買った、カップ麺とおにぎりとか、
菓子パンに出来合いのポテトサラダ、なんて感じ。
まさか、毎日毎食そうではないと信じるが、
かなりの割合を、ああいう食事で済ませているんだろうと思う。

わたし、Giovanniの母は、
長年、幼稚園教諭として働いていた人で、
忙しいワーキング・ウーマンだったが、
それでも、
出来合いのオカズやレトルト食品が
食卓に上がった記憶は、ほとんどない。
夕方帰宅すると、ぱっぱっぱ、食事の支度をして、
比較的早い夕飯を好む父が、不機嫌にならない程度の時刻には、
家族全員が揃って、夕餉を囲む、という生活が
ずっと続いたものだった。

食べる事を楽しむ両親だったので、
時折、出かける外食も、
それはそれで子どもたちとしては、嬉しかったし、
家では味わうことの出来ない、
美味しいものにありつける、チャンスだった。
が、やはり、わが家のご飯に勝るものは無いと、
心から思っていたし、
夕飯をどこかで食べて来てしまう、などということは、
滅多に無かったと思う。

世の中、特に日本には、
美味、珍味と言われ、行列に並んででも食べる、
という食べ物がたくさんある。
しかし、わが家のごはん、わが家の食卓が、
本当はいちばんのはずだ、と、
わたし、Giovanniは思っている。
特に、家族と囲む食卓は、格別である。

一人暮らしをしていると、
一人で食事をすることが多いものである。
そうすると、どうしても、食事によりは、
テレヴィに集中してしまったり、
酷いときには、Macの前に座って、
メールの返信をタイプしながら、飲み食い、
などということもある。
これは、大いに反省すべき点である。

時々、と言わず、
もっと頻繁に、人を招いて一緒に食事をしよう、と、
今回の『25歳の会』で、
わたし、Giovanni、改めて思ったのである。

せっかくなので、今回のメニューにある、
”大根と柿の柚子風味サラダ”のレシピを簡単に紹介しよう。

材料 大根・柿(熟し切っていない、固いもの)・柚子
   パセリ・塩・オリヴオイル

作り方 1 大根を厚さ3mmくらいのいちょう切りにし
      ボールに入れて塩をふり、全体になじむようにして
      15分程度そのままにしておく
    2 柿も同様に、3mmのいいちょう切りにしておく
    3 柚子の皮を薄く剥いて、できるだけ細い千切りにしておく
    4 塩でしんなりした大根を、水洗いし、水気を固く絞る
    5 大根、柿、柚子の皮を混ぜ合わせ、柚子の果汁と
      オリヴオイルで和える
    6 みじん切りにしたパセリを加えてさらに混ぜ、出来上がり
      *最初に大根にふる塩の量で全体の味が左右されるので
      大根と柿を和える時点で塩が足らないようであれば、
      調整する
      *柿は甘いものより甘いの少ない固いものが適する
      

水曜日, 11月 08, 2006

おフランス

赤塚不二夫の往年の傑作、
『おそ松くん』に出てくるキャラクターに、
イヤミ、というのがいる。
出っ歯のおじさんで、おじさんとは思えない、
おかっぱ頭にいつもおされなツーツ姿。
何かというと、
しぇー。
わたし、Giovanniの幼少のみぎりの写真に、
この、しぇーを模したものがあるから、
随分昔に生まれたキャラクターだということが
分かる。

イヤミ、とってもキザなおじさんで、
自分の事を、ミー、と呼ぶ。
フランスに住んでた事があるとか(真偽は不明)で、
フタコト目には、
ミー、が、おフランスにいた時、などと発言。

アメリカにも、ドイツにも、『お』を付ける何て、
誰も考えないけど、
フランスには、何故か、『お』が似合う?

果物の美味しい季節。
わが家の食卓には、柿と、ラ・フランスが頻繁に上る。
何故か、イヤミを思い出す。
おフランスの、ラ・フランス。

日曜日, 11月 05, 2006

翼の生える日

カラーン、カラーン、カラーン・・・
と、朝のお祈りの時間を告げる鐘が、
小さな丘の上の村全体に響き渡る。
8時とは言え、空はまだ真っ暗な、
ヨーロッパの朝。

心地よい眠りを、大きな鐘の音に打ち破られ、
少し不機嫌になる。
ああ、もう少し、こうして温々と、
眠っていたいのに。

それでも鳴り止まぬ、鐘の音。

おや?待てよ?

その次の瞬間、
自分が何か大きな間違いをしでかしていることに、
気がつき始める。

今までの眠気が、
ウソのようにどこかへ取り去られ、
体中の血液が、
ドクドクと音を立てて、巡って行くのが分かる。

遅刻だ!!!

この鐘がなる時間、それは、すなはち、
修道士たちと、村の人たち、そして、
今この村へ巡礼にやってきている、
数百人の巡礼者たちが、
すでに、御堂に集まってきており、
もうまさに、最初の詩編を、
美声を持った、フレールJ-Mが、
歌い出そうとしている時分なのだ。

そして、人々が寒い村の道を歩いて、
御堂に入ったときに、
適度な暖かさの暖房が効いており、
前方のサンクチュアリーの、無数のキャンドルに、
暖かな光が灯されていなければいけない時間。

何を隠そう、それらの準備を行うのが、
わたし、Giovanniの仕事である。

わたしは、まだ、呆然とベッドの上におり、
途方に暮れていた。

が、次の瞬間、
わたしは、服を着替え、靴を履き、
まるで、背中に翼をつけた天使の如く、
自分の住む小さな家から、御堂までの道を、
飛ぶように、走っていった。
いつもなら、ゆっくり6、7分はかかる道を、
どうやったか、2分で到着したのだった。

御堂の扉を開けると、
そこは、いつもの朝の祈りのために、
全ての準備が整えられた、
静かな、空間だった。
(後で分かったが、フレールJ-Jが、
全ての準備をしてくれたそうだ)

************************************

あー、暖かい日差し。
ぽかぽかして、気持ち良いなぁ。
たまの休みは、こうしてゆっくりと眠る。

あれ?休みだっけ?
違うよね?遅番だよ、遅番。

ううううん!!
違う、違う!
普通に早番だってば!!!
な、何時?今?

時計は朝礼時間の3分前!
間に合うはずがない!

それから、わたし、Giovanni、
数年振りに背中に翼を生やして、
いつもは45分かかる道のりを、
30分で、飛んでいったのだった。

(フィクションではありません。)

土曜日, 11月 04, 2006

茶の香り

♪旅行けば 駿河の国に 茶の香り〜
ではない。
旅にも行ってなければ、駿河の国でもないが、
茶の香り漂う、
今夜の、わたし、Giovanni宅。

Eちゃんとは長い付き合いである。
昔、わたし、Giovanniが働いていた店で、
短期間のバイトをしてたのが、5、6年前だと思うから、
それ以来のお付き合い。
とは言え、その当時からここ2年位前までは、疎遠だった。

今の店に来て、
彼女がバイトを辞めてから、ずっと働いている、
某シアトル系カフェが、目と鼻の先になり、
ちょくちょくコーヒーを買いに行くようになって、
親しくさせてもらっている。

実は、Eちゃんの家も、わが家とさほど遠く無く、
Eちゃんのお母さんが、近所の陶芸教室に、
長く通ってらっしゃると聞いたのは、つい、最近だったかな。

小学生時代の友人のりょうちゃんは、
『お茶屋の』と頭につけて名前を呼んでいたように、
お家がお茶屋さんだった。
時々、店の前を通ると、お茶を焙じる良い香りがして、
胸いっぱい、深呼吸をしながら、
今日はりょうちゃん、家にいるのかな?と、
店の奥を覗き込んだりしたものだ。

お茶を焙じる香りには、人間の脳の何かを刺激して、
リラックスさせる効果があるのだろうか?
香ばしいような、それでいて清涼感のある、
鼻孔を通過して、神経に直接感じる香り・・・

そんな、りょうちゃんちの店先のような香りが、
わが家にも、今、漂っている。

数日前、昼の休憩から、自分のデスクに戻ってきたら、
小さな紙の袋がデスクの上に置いてあり、
メモ用紙に、”◯◯のEさんからGiovanniさんに”と、
走り書きされていた。
何だ、Eちゃん、来てくれたんだ!?
紙袋の中には、英字新聞にくるまれた、固くて丸い物が?
何だろう?

それが、コレ。
(画像が暗くて分かりづらくて申し訳ない!)



















大振りの梨のような形の陶器で、
上下が波形に分かれるようになっている。
表面には、木の葉のレリーフがほどこされ、
小さな丸い穴が、木の葉のレリーフの周りに
たくさん空けられている。
中に、小さなキャンドルを
入れる事ができるようになっていて、
小さな穴を通して、キャンドルの灯りが、
木漏れ日のようにゆらゆらとゆらめいて見える。

よくよく見ると、梨の軸のある部分に当たるところが、
少し凹んで窪んでいて、
そこに、茶葉を入れ、下からキャンドルを灯すと、
茶香炉のように、香りがたつのだ。

翌々日、カフェにEちゃんを訪ねると、
大きな公園の入り口にある店らしく、
公園帰りに喉を潤そうとする人などで、
いつものように賑わっていた。
ありがとう、素敵なモノを!どこか行ってきたの?
と、尋ねると、
ううん、母が作ったの!
とのことだった。

もっぱらコーヒー党のわたし、Giovanni、
時折、緑茶を購入するが、
飲みきることなく、しけらせてしまうことばかり。
そんな茶葉を、香炉に載せて、キャンドルを灯す。

茶の香りに包まれて、過ごす静かな秋の夜。

水曜日, 11月 01, 2006

掃除日より























晴れた休みの日は、
ゴロゴロ寝ていたりすると、本当にもったいない。
泳ぎに行くのは、行くとして、
それまでの時間も、充分に活用したい。
そんな気持ちが働くからか、
休みの日は、仕事のある日よりも、むしろ、
目覚めが早かったりする。
まるで、遠足の日の小学生のような、
わたし、Giovanni。

いつものように、
濃いめにいれたコーヒーで、
さらにエンジンをかけ、
先ずは洗濯機を回す。
洗濯が出来る間には、念入りに掃除を!

ほんのササヤカな庵のこと、
念入り掃除とは言え、
箒で掃いて、雑巾をかける程度の事。
20分もあれば、完了してしまう。

えー?掃除機持って無いの?と、言われるが、
掃除機なんかより、
箒と雑巾の掃除の方が、
よほど奇麗になる。
特に、畳の部屋は、畳目に沿って箒をかけ、
固く絞った雑巾で、畳目にそって拭き、
さらに、畳目に水平に拭いたら、
それは、はっきりと目に見えるくらい、
奇麗になったと実感できるようになる。

窓から入る、
秋とは言え、日差しに暖められた風が、
部屋を吹き抜ければ、
いつ何時、客人が来ようとも、
居心地良く彼らを招き入れることのできる、
庵となる。