土曜日, 12月 30, 2006

一年の終わりに

え?本当に?と、思うくらい、
あっと言う間に過ぎて行った、2006年。
しみじみと、今年を振り返る心のゆとりも無いくらい、
年末も、バタバタと忙しく過ごしてしまった。

明日から、ほんの短い期間だが、
休みをとって、両親に会いに行く。
親の年齢も、多く重ねると、
やはり、新年くらいは一緒に過ごしたくなる。
朝の早い飛行機なので、
今日は、とっぷりと風呂につかって、
早めに寝よう。

一年の終わりにあたって、
このブログを読んでくれたみなさんに、
これだけは、伝えておきたい。

平和。
世界の人の、全ての命を脅かす恐怖が、
来年こそは取り除かれて、
本当の平和のうちに、
わたしたちが、この地球で、一緒に、
生きていくことができるように。
そのために、わたし、Giovanniに
できることは何だろうか?

毎年同じようなことを考えているように、
思うけれど、
来年は、本当に、平和のタネをまき、
その平和を、大きな木に育てたい。

先日書いた、
新しく見つけたオリヴの木の前で、
しばし、その銀色に光る葉裏をなぜながら、
そんなことを思った、今日の帰り道だった。

そんな年末の朝、
新しく買ったジャムのふたの裏に、
こんなサプライズが!



ありがとう、2006年!
そして、2007年もハッピーな笑顔で、
行きたいものである!

水曜日, 12月 27, 2006

何気ない、マグカップたち(改訂)


わが家の食器の棚を、見た人は、ちょっと驚くかも知れない。
Giovanniって、一人暮らしだよね?
何でこんなに食器が揃っているの?
と、言われることはしばしばだ。



主に、ガラスのコップやボール、耐熱皿と、
白い陶器や磁器。
業務用または、それに準ずる物が多く、
色柄のものは、ほとんど、と言って良いほど、
わが家には存在しない。
ひと頃、随分と、客を招いて料理をした時期があり、
同じ皿が6枚とか、1ダースとか、
揃っているほうが何となく都合も良いと、買いそろえた結果が、
こういうことである。

ただ、例外的に、
イラストやデザインがカラフルな、コーヒーマグが
幾つか、並んでいる。
一般的なお客を招く時には使わない、
個人的に朝のコーヒーや、
夜寝る前の温かい飲み物に使うだけだ。

まだ、もう少し若かった頃、
好きな子が出来て、いい感じに付き合いが進むと、
その子専用のマグカップを買ったものだ。
今思うと、
自分の若さが微笑ましく思い出されるエピソードだが、
当時はきっと、それはそれで必死だったのだろう。

その子の個性や感性に似合った色柄やデザインのものを、
色々見て回って購入し、
お泊まりの翌朝、
そのマグカップに、いれたてのコーヒーを注ぐときの幸せ。
そんな幸せに、酔いしれる自分は、本当に若かった。

ところが、その後、専用マグカップを買うと、
その恋が終ってしまう、というジンクスに気がついた。
独占欲が強い性格だったので、
相手の存在を、自分の生活の中に組み入れてしまおう、
そういう魂胆を、相手に見破られてしまい、
それを負担に感じると、とっとと愛想を尽かして、
いなくなってしまう、ということだったのだろうか?

つい最近知り合って、上手く行けば良いのに、と、
思った相手がいた。
知り合って、すぐ間も無いうちに、
家へ来ることになり、
その当日、出かけた先で、
ふと、マグカップを探してみる気になった。

店を三軒見て回ったのだが、
クリスマスギフトのシーズンだったからだろうか、
ツリーやサンタの絵が描かれたものばかりが並んでいて、
なかなか、コレというものを見つけることは
出来なかった。

若かった頃の自分であれば、
それでも、翌朝二人で飲むコーヒーのことを思って、
それなりの物で妥協してでも、
マグカップを買って、持ち帰っただろう。

その時は、結局、
まだ先があるだろう、これからゆっくり
より素敵なマグカップを見つける時間があるだろう、と、
夕食後のデザートに食べるプリンだけ買って、
そそくさと、帰宅したのだった。

棚に並んでいる、
色とりどりの楽しいマグカップには、
そのそれぞれに、ちょっとしたエピソードがあり、
今となっては、
それなりの良い思い出になっていたりする。
早朝のコーヒーや、深夜のココアを飲むときに、
手に取ったマグカップに、
ふと、そんな昔を思い出させられたりすることもあるけれど、
いつの間にか何となく、
何気ない、毎日の生活のシーンの一部となっていて、
何か劇的な心の動きを誘導するものでは、
もう、なくなってしまっている。
ただ、朝冷えの手に伝わる温もりだけが、
かすかに、楽しい日々の思い出の断片を、
伝えているかも知れない。

ちなみに、最近知り合ったその人とは、
大きな進展を見ることがなく、
結局、その人専用のマグカップは、必要でないままに、
関係は終ってしまった。
その人のためのマグカップを探しながら、
心のどこかに、
買ってしまえば、それで終ってしまう恋、と、
いう思いが働いて、
それが色々なことに、ブレーキをかけていたのかも知れない。
そんな分析をする反面、
あのとき、無理にでも、新しいマグカップを用意しておけば、
その人との関係に、
何か幸せなきっかけを作ることが出来ていたかも知れなかった、
とも思い、
今となって悔しい気持ちになる自分もいる。

ともかく、
わが家のキッチンの棚に、新しいマグカップが並ぶのは、
まだまだ先のことになりそうで、
今は、何気ない、マグカップたちが、
わたし、Giovanniの心をホットさせてくれるだけである。

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最後の下りのところ、
翌朝思い返して若干書き足してみた。
これが、正直な気持ちかな。

by Giovanni

土曜日, 12月 23, 2006

静かな夜 2006 クリスマス・メッセージ























心がざわめくのは、何故?
自分の気持ちが、通じないからだろうか?
それとも、仕事が思う通りに進まないから。
目の前に山積みになった、幾つもの課題に、
手をつけられずにいる、わたし、Giovanni。

賑わう町。
『心を込めて』という謳い文句を添えた、
物ばかりが行き交うシーズン。
心は本当に、伝わるのだろうか?
鳴り止まない、音楽。

本当は、静かな夜。
闇の静寂の中で、その人は生まれた。
痛みに耐える母と、見守る父、二人の息づかい。
他に聞こえるのは、
満天の星のまばたきと、天使のグロリアか。

本当の静かな夜は、
例え、大都会の喧噪の中であっても、
迷いも、不安も、恐れも無い平和な心に訪れる。

小さなキャンドルのともしび一つで祝う、
静かな夜。
物質的には、簡素で貧しくても、
心は豊かに満たされる、本当の平安を招く、
静かな夜。

わたしが本当に探し求めているものは何だろう?

それは、
全てがそこから新しく始まる、
静かな夜。

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世界情勢も、日本の毎日の生活の中で起きる様々な事件や事故も、
そして、わたし、Giovanni自身の身のまわりや心の中で起きた、
一つ一つの出来事も、
気持ちをざわめかせ、嫉妬や、憎悪や、絶望を、
幾つも、生み出す原因となった、
そんな一年だった。

解決できないままの、数々の問題や課題。
理想に描く喜びや平和へ、到達することができないでいる、
焦燥感の中で、
クリスマスという日を迎えようとしている。

キリスト教会でアドヴェント(待降節)と呼ぶ、
クリスマスまでの準備の期間、
教会の神父が、こうおっしゃっていた。

『全てが解決し、何の問題も無くなった状態での喜びなど、
あり得ない。
様々な困難を抱え、苦しみ、葛藤しながらも、
そこに本当の喜びを見いだそうとする姿勢こそが、
生きている人間に求められている姿である。』

静かな夜。
その夜の静寂の中で、
わたしたちは、自分たちが抱える課題や難問の大きさに、
途方に暮れそうになるだろう、が、
また、その静けさの中で、
次の新しい朝を迎えるという、希望を見いだし、
本当の平和を、心に築くのではないだろうか。

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平安な夜が、みなさんと共にありますように。

木曜日, 12月 14, 2006

闇/光










キリスト教を基盤とした西洋の文化や哲学では、
善=光、闇=悪、という公式が、
歴然と成立している。
全て正しく良い事象は、光に端を発し、
その逆は、闇から来るというのだ。
イエス・キリストは、
世の闇を照らすために来た、光である、と、
キリスト教の信仰では教えられている。

日本を含め、東洋の文化や哲学には、
白は白、黒は黒、ではない、
曖昧なグレーの部分を認める姿勢が、
しばしば見受けられる。
陰陽哲学のシンボルとなっている、
巴の印は、
陰の中心に陽が存在し、
陽の中心に陰が存在する、という哲学を、
具体的に示している。

人が、心に闇を持った時、
恐らく、西洋社会では、一般的に、
その闇をすっかり拭い去るための手だてを考え、
仮に、それが不可能であるのならば、
ありったけの光を闇に照らして、
闇があることを気づかないようにするかも知れない。

今までそのような経験が全く無かったわけではない。
生きている日々、歳月が、長くなればなるだけ、
それらの日々や歳月が、
決して、常に明るく光り輝いているばかりではない、
ということは、周知の上である。

何度も、真っ暗な闇に打ちのめされ、
立ち直ることが出来ると信じるのさえ、
不可能だと思うような出来事に遭遇してきている。

心に影を落とす闇が、
季節の逡巡と関連があると断言するには、
いささか科学的な根拠を欠くかも知れないが、
太陽の日差しが薄れ、闇の夜の長いこの時期、
わたし、Giovanniの心には、重くて厚い闇の雲が垂れ込める。

冬眠ホルモンなる物質の存在を、
漠然とは知っていたが、
そういう物質がわたしの体内にも必ずあるということは、
確信であった。
できることならば、夜の長い冬の間中、眠ってしまって、
気がついたら陽光眩しい春を迎えていたい、
という願望は、常に持ち続けてきた。

長い夜は、ときに、辛く寂しく、
何か行き場を失ったような息苦しささえ感じさせる。

10年くらい前だっただろうか。
夏が去り、かろうじてまだ夕方の儚い光を、
暫くは味わうことの出来た秋が終わり、
突然、つるべ落としのように夜が訪れる季節になり、
わたし、Giovanniは、
生まれて初めての、心の闇を体験した。

理由も無く、何の脈略も無いのに、
ただ、悲しくて、
仕事から帰宅した部屋に明かりを灯すことすらできず、
冷えて、真っ暗な空間で、
独り泣き叫ぶことしかできなくなった。

その深い闇の中で、
問いかけ続けた、
『わたしは誰なのか』『何のために生きているのか』
という、究極の疑問。
こんなに、一生懸命生きているのに、
なぜ自分は満たされず、喜ぶことが出来ないままでいるのか、と、
夜になる度に、闇に訴え続けた日々。

わたしのその心の闇を、破る光は、
ある日、やってきた。

冬至。
一年でもっとも夜の長い日。
その日が終わり、
今日からは、太陽の日差しを浴びることの出来る時間が
少しずつとは言え、長くなる、
その日を迎えて、
わたしの心は、闇の苦しみと決別することが出来たのだった。

闇と光について思うとき、
わたし、Giovanniは、
闇こそが悪、という西洋的な哲学によりは、
闇の中の究極な部分に光が存在すると考える、
東洋の哲学に、より相容れることのできるものを感じとる。

闇を知り得たからこそ、
光がいかに優れていて、貴重な存在であるかを、
理解することができる。
また、光の降り注ぐ、
人間が生理的に本来の命を、もっとも活動させることのできる
環境は、
夜の闇の休息の時間があってこそのものであるのだ。
そして、光を際立たせるために、
闇の存在は、不可欠なのである。

闇と光は、相対する存在では決して無い。

キリスト教の幾つかある暦の一つによると、
冬至は、キリストの使徒の一人である聖トマスの祝日だと言われている。
トマスは、
十字架に架けられて亡くなったキリストが、
自分自身の言葉通り、3日目によみがえり、
トマスの元に現れた際、
ただ目で見ただけでは、我が師の復活の事実を信じて受け入れることができなかった。
キリストの脇腹の傷に指を入れて初めて、
よみがえりを信じた人、と、聖書に記されている。

不信、疑いという闇の先に、新しい信仰の光がある。
その折り返し地点を、冬至になぞらえた暦であると言われている。

今、わたし、Giovanniの心を覆う厚い闇の雲が、
突然晴れて、
今までとは違う新しい光を見る日は、すぐ間近である。

今年の冬至は12月22日。
もう目の前である。

火曜日, 12月 05, 2006

Olive Tree

まさか、とは思っていたが、
その反面、そうなる予感は何となく心に抱いていた。

自転車で通勤するようになって、随分と経つ。
当初は、自転車で20分もかからない程度の通勤であったのだが、
その通勤途中、怪我をしたことと、
その後の異動先が、
自転車で通うには、やや距離があったこともあり、
一時、自転車通勤を自粛していた時期もあった。
しかし、今の勤務先になってからの、ここ2年は、
片道45分を、雨や雪が降りさえしなければ、
ほぼ、毎日のように、自転車で往復している。

そんな長い距離を(と、皆は言うのだが)
自転車通勤をしている理由は?と、問われて、
強いて言えば、と、答えるとすれば、
その45分間が、電車通勤の時間と、実は、ほとんど差が無い事。
同じだけの時間がかかるのであれば、
前夜の酒の残った、
決して心地良いとは言いがたい空気の淀んだ車内よりは、
清々しい、戸外の空気の方が、
(たとえ、車の排ガスを含んでいるとは言え)
まだ、健康的なのではないか。

それに、途中一度、立ち漕ぎをして一気に上る坂はあるが、
その他はほとんど平坦な道だとは言え、
往復1時間半の有酸素運動が、身体に及ぼす色々な効果。
これも、馬鹿にできない。

まあ、交通費を浮かす、などと言う、
超リアルな理由も無きにしもあらずだが、
一番大きな理由と言えば、
町並みの移り変わりを眺めたり、人間の日々の営みを観察したり、
そういうのが、好きなのに違い無い。

わたし、Giovanniが、自転車で通勤する地域は、
新宿から電車で20分そこそこの、
所謂、”武蔵野”と、称されるエリアである。
恐らく、現在のような住宅街として形成されたのも、
さほど昔のことではなく、
そもそもは、田畑の広がる、長閑な地域だったのではないだろうか?

その名残であるのか、
このエリアには、今も、造園業などを営む家が多く残っており、
ハナミズキなどを栽培しては、
庭師の小父さんなどが乗っている、白い小さな荷台の付いたトラックに、
土のついた苗木を積み込んで、
売りに行くような姿を、しばしば見かけるものである。

そんな、ちょっとした雑木林の傍らでは、
おばあちゃんらが、
趣味と実益を兼ねて野菜を育てる大きな畑があり、
夏であれば、露がしたたるようなキュウリや、
真っ赤に熟れたトマトが、
臨時に設えた売店(しばしば無人である)に並べられたり、
冬であれば、大根の土を、
手を切るような冷たさの水で洗う小母さんの姿を、
見かけたりする。

2年も通っていると、
この道は、あそこの角が車が多くて曲がり難い、とか、
ここの歩道は、デコボコしていて走りづらい、とか、
自然、楽にスムーズに走ることのできる道が決まって来る。
毎日出会う、
こどもを保育園へ送るお父さんや、
眠そうな目でどこを眺めているのか分からない白い犬。









そんな、毎日のいつもの通勤路沿いに、園芸店があった。
園芸店と言っても、
わたし、Giovanniが、うんと若い頃、
植物を育てるのが大好きで、
ほとんど毎日のように、花の苗や鉢を買ったり、
何も買わずとも、ただただ、その店先を覗きに行っていた、
前掛け姿の小母さんと、息子さんが営っていたような、
商店街の園芸店とは違っていた。

園芸店、と言うよりは、
ガーデニングショップ、と呼ぶのが似つかわしい店で、
三面が大きいガラス張りになった店をグルリと囲む庭には、
小さな花の苗や、ハーブの苗、
薔薇やら、果樹やらの鉢物、
中には、先に出た、造園業の小父さんのところのような、
立派な樹木なども植わっていた。

店内は、ここが商店街の園芸店とは違う、
ナチュラルテイストな、ガーデニンググッズなどが
所狭しと並んでいる売店と、
残りの半分は、
新鮮なハーブなどをふんだんに使った、プレートランチや、
ハーブティーなどが楽しめる、レストランになっていた。
普段の、早い時間の出勤でなく、
午後からの出勤の日など、昼前にその店の前を通りかかると、
若い奥さんたちが、
ハーブの苗を物色したり、
ランチの席の空くのを待って行列したりする様子を、
見ることができたものだ。

そこの、売店とレストランに入る、
これもまた、ガラスで出来たドアの横に、
大きなオリヴの木が生えていた。
この店が、恐らく開店して数年だから、
せいぜい、樹齢5、6年位の木だったのだろうが、
風格すら感じる大きな立派な木だった。

ご存知のように、
『オリーヴは、ぶどうと並んで、
もっとも早くから栽培されてきた果樹で、
オリーヴオイルは、すでに6000年前から
シリアで使われていたという記述がある。』
(『オリーヴオイルを使う本』ダニエル・
オージック著)
また、オリヴは、その果実も、幹や枝も、
葉も、全てが有益に使うことの出来る植物で、
地中海沿岸の国々では、
南半球の熱帯雨林で、ココナツがそうであると、
言うのと同様、
”捨てる部分の無い植物”と、オリヴのことを呼んでいる。

日本では、比較的温暖な瀬戸内の気候が、
意外にもオリヴ栽培に適していたのか、
旧くから小豆島で栽培されているが、
一般的には、国内では珍しい植物とされていた。
だが、近年のガーデニングブームで、
意外に栽培そのものは、手がかからないのと、
あの、オリヴグリーンと言われる、
いかにも、地中海の空と白い家並みに映えそうな、
深いグリーンに好感を持つのか、
家庭のベランダの寄せ植えや、オシャレなカフェなどに、
植えられているのを、よく、見かけるようになった。




園芸店の、その大きなオリヴの木を観るために、
わざわざ立ち止まることは、さすがに無かったが、
横目に眺めながら通った毎日。
いつも変わらず見せてくれるオリヴグリーンの姿が、
わたし自身、気がつかないうちに、
心のどこかに、安心感与えてくれていたのではなかっただろうか。
また、いつか、自分もこんな大きなオリヴの木を植えた庭がある、
安住の地を見つけたい、と、いうようなことを、
無意識のうちに考えていたのではないかと思う。

ある朝、同じように、いつもの道を走っていた。
件の園芸店の前を通過すると、
いつもと何やら様子が違っているのに気がついた。
店内が、閑散とした感じになっており、
オリヴの木の横のドアには、
大きな張り紙がしてあり、
園芸店の閉店が告知されていた。
ブームということの怖さなのだろうか、
一時ほどの賑わいが無くなってたのかもしれない。
或は、競合する類似した形態の店が、
もっと便利な場所にできたのか?
理由は分からないが、
ある日突然、その店は閉まってしまったのだ。

閉店後、その場所は、
元の様子をある程度残しながらも、
隣接していた中古車販売店が、買ったか借りたかで、
今まで、ハーブの苗が愛らしく並んでいた場所に、
眩しいくらいにワックスがけされて、
けばけばしい、ハワイのレイのような、
独特の装飾をほどこされた中古車が、
あれよあれよという間に、並ぶようになった。
それでも、ガラス張りの店の建物は、
ガランとした空き家のまま、
手をつけられずにいた。
そして、オリヴの木も、何も無かったかのように、
涼しげな表情で、南から照る太陽の日差しを、
浴びていたのである。

自転車通勤の良さは、
決して毎日同じ道を通う必要が無く、
その日の気分に合わせて、違う道を選ぶことも出来たり、
何か必要に迫られて、大きく気分転換をしたくなれば、
日々慣れ親しんだ今までの道を、
あっさり見限って、
今日から新しい道へ漕ぎ出すこともできる。
ふと、気がついたら、
元の園芸店の前の道は、通らなくなっていた。
特に理由は無かったのだが、
今思うと、何かを予感していたのかも知れない。

ある夜、珍しく、帰宅の道に、
中古車販売店となった、元の園芸店の前の道を選び、
街灯の無い薄暗がりの中、
いつものように、オリヴの木を目で探した。
しかし、ガラスのドアの横の、その木のあるはすの場所には、
もう、オリヴの木は無かった。
予感は、的中したのだ。
いつまでも、ここにあり続けるはずは無い、という、
オリヴの木の悲しい結末の予感が、事実になったのだ。

切り倒された切り株を確認するのは、
あまりにも惨めなので、
わざと見ないように、自転車を漕ぐ足を早めた。

木を切り倒す、しかも、オリヴの木を。
日本でも、例えば、街路樹のケヤキや、
庭の松を切り倒すということになれば、
それは、大騒ぎになるはずである。
しかし、オリヴという外来の、自分の生活とは、
直接大きな関わりの無い木だから、と、
その木を倒した人は、
斧を入れることを躊躇しなかったのだろうか?
それとも、ただ単に、
そういうセンチメンタリズムなどとは、
全く関係の無い経済活動を優先させた、
ただの作業として片付けられただけだったのだろうか?

それでも、切り株を見なかったことを幸いに、
一縷の望みをつなぎ、
どうぞ、切り倒されたのではなく、
どこか暖かで、日差しがたっぷりと降り注ぐ、
いかにもオリヴの木に相応しい場所へ、
移植されたのでありますように。
そう、祈るような気持ちで、
わたし、Giovanniは、帰路を急いだ。

振り返ってこの一連の出来事を思うとき、
果たして、あの1本のオリヴの木が、
それほどまでに自分の生活や精神に何か影響を与えていたのか、
と、問われれば、そうではないような気もする。
その木を失ってしまって、物語として、
今の自分の状況に、巧妙にこじつけているだけなのかも知れない。
だが、たとえそうだったにしても、
今、自分が、あのオリヴの木への大きな憧れの気持ちを、
強くしていることは、事実である。





















イタリアの、
比較的乾燥した土地に、
しっかりと深く根を拡げて立つオリヴの木。
樹高がとてつもなく高くなることは無いが、
むしろ、枝葉を四方に茂らせ、どっしりと、安定した姿になる。
そんな姿を、どこか、自分と比較して、
あまりにも頼りげのない、足元も覚束ない今の自分を、
省みている自分がいるような気がしてならない。

旧約聖書の有名な話に、ノアの箱船の記事がある。
神を顧みなくなった人間への戒めとして、
神は、大洪水によって、地上を改めようとされる。
そのことを、勤勉で信仰に篤いノアにだけ、神はお知らせになった。
神の仰る通り、ノアは大きな箱船を建造し、
地上の全ての動物をツガイでその船に乗せ、
家族とともに、大洪水をその船で乗り越えた。
雨が止み、風がその勢いを止め、日の光が差し始め、
ノアが鳩を一羽放すと、
やがて、その鳩が、オリヴの一枝を觜にくわえて、戻って来た。
それを見たノアは、水がひき、陸地が現れていることを知り、
大洪水の終焉を確認したのだった。
そんなことからも、鳩とオリヴの枝は、
平和の象徴と覚えられるようになった。

ここのところ、何だか気持ちの穏やかに安まる日が無く、
身体も疲れ切っていた。
自分がこれから、どこへ向かおうとしているのか、
何となくその行き先に、確かな安心感を見いだせないような、
漠然とした気持ちを感じたり、
職場の色々な人間関係に翻弄されることの重圧や、
日々繰り返すだけの何も変わらない職務への疑問、
そんな幾つもの要因が、知らず知らず、
自分を痛めつけていたようだった。

安心や、平和な落ち着いた状態を、
自分がこれほどまでに望んでいたのか、と、
今改めて思い起こさせられ、自分でも驚きを隠せないでいる。
もちろん、今の自分が、極端に不安定で幸せでない、
そういうことではないし、
求めている安心や安定が、
何か、富を積むとか、貯蓄をするとか、
より楽な暮らしをする、という類いのものでないことは、
よく分かっている。

自分の心が、何を拠り所にして、
今まで生きてきたのか。
そして、自分が寄り頼む存在が、誰であるのか。
そういうことを、忘れてしまっていなかっただろうか?
或は、自分を欺いて、素知らぬ振りしてきていないだろうか?
今となっては、
あのオリヴの木を切り倒したのは、他の誰でもなく、
わたし自身だったような気がしてならないのである。

平和のシンボルであるオリヴの枝を、
今一度、この心に取り返そう。
鋭い斧を入れて、切り倒したのではなく、
どこか暖かなひだまりの、肥沃な土に植え替えるために、
掘り起こしたあの大きな木を、
わたし、Giovanniは、再び、
心に空いた大きな穴に、植えようとしている。



つい、2年ほど前まで、
荒れ果てて忘れ去られたような空き地だった広い土地が、
整備されて大きな公園になった。
人工的に作られた公園ではあるが、
なだらかにすり鉢状になった地形を上手く利用し、
ゆるやかに下っていった先に、池のある美しい公園で、
朝早くでも、池の端を散歩する人や、
犬を遊ばせている人たちを縫うように、
わたし、Giovanni同様、
通勤、通学の自転車を走らせる人で賑わう、町の公園である。


この公園にも、こんもり丸く茂った、
オリヴの木が立っていたことに、ある日、気がついた。
公園のエントランスに、
幾種類もの針葉樹が寄せ植えされたようになった、
小さな築山があり、
周りを囲む敷石を辿ると、
山を登って反対側へ降りることができる仕掛けになっている。
その山の、目立たない裏側の麓に当たる場所に、
日影を作る物が何も無く、
ただただ、太陽から放たれる全ての光線を、
一身に浴びる、オリヴのその姿を見つけたとき、
わたし、Giovanniは、思わず自転車を止めて、
その深い緑の色をした葉を、そっと撫でた。

深く耕し新しくふっくらとした、
わたしの心の土に、再び植えられたオリヴの木。
新しく生まれる、鮮やかな色のその葉を、
そっと撫でる日が、
すぐまた訪れるという予感がしてならない。

月曜日, 12月 04, 2006

寒い夜

この2、3日、天気予報の人たちは、
日々、口々に、
この冬いちばんの寒さ、を、伝えている。

寒いのは、つらいが、
乾燥した冷たい空気が、
キリッとしていて心地よく感じる、自転車通勤。

残業を控えろ、と、社長が声を上げて、
定時に、そそくさと帰り支度。
帰り道の大きなスーパーに辿り着くまでの間に、
今宵の夕餉のメニューを考える。

一昨日の夜、友人が飯を食いにやって来て、
酒蒸しにでもしようとして、しそびれたアサリが、
そのまま冷蔵庫にあるのを思い出した。

チャウダーだ!
そうすると、足らない食材は、無いな。

☆アサリのチャウダーの作り方

材料 アサリ(砂を抜いておく) 玉ねぎ ニンニク
   カリフラワー ブロッコリー 牛乳 バター

作り方

1 スライスした玉ねぎをバターで透き通るまで炒める
2 炒まったら、水を注いで強火で玉ねぎを煮る
3 カリフラワー、ブロッコリーを小房に分けて、
  (2)の鍋に加えて煮る
4 カリフラワーとブロッコリーが柔らかくなり過ぎる
  手前に、アサリを殻のまま入れる
5 アサリが口を開いたら、牛乳を入れて、塩で
  味を整える

*アサリは火が通り過ぎると固くなるので、口を半分開いた
後は、手早く!
*食べる直前に、胡椒をひいて、アクセントを!

















こんなチャウダーには、意外にも、
玄米ご飯が合ったりする。