その反面、そうなる予感は何となく心に抱いていた。
自転車で通勤するようになって、随分と経つ。
当初は、自転車で20分もかからない程度の通勤であったのだが、
その通勤途中、怪我をしたことと、
その後の異動先が、
自転車で通うには、やや距離があったこともあり、
一時、自転車通勤を自粛していた時期もあった。
しかし、今の勤務先になってからの、ここ2年は、
片道45分を、雨や雪が降りさえしなければ、
ほぼ、毎日のように、自転車で往復している。
そんな長い距離を(と、皆は言うのだが)
自転車通勤をしている理由は?と、問われて、
強いて言えば、と、答えるとすれば、
その45分間が、電車通勤の時間と、実は、ほとんど差が無い事。
同じだけの時間がかかるのであれば、
前夜の酒の残った、
決して心地良いとは言いがたい空気の淀んだ車内よりは、
清々しい、戸外の空気の方が、
(たとえ、車の排ガスを含んでいるとは言え)
まだ、健康的なのではないか。
それに、途中一度、立ち漕ぎをして一気に上る坂はあるが、
その他はほとんど平坦な道だとは言え、
往復1時間半の有酸素運動が、身体に及ぼす色々な効果。
これも、馬鹿にできない。
まあ、交通費を浮かす、などと言う、
超リアルな理由も無きにしもあらずだが、
一番大きな理由と言えば、
町並みの移り変わりを眺めたり、人間の日々の営みを観察したり、
そういうのが、好きなのに違い無い。
わたし、Giovanniが、自転車で通勤する地域は、
新宿から電車で20分そこそこの、
所謂、”武蔵野”と、称されるエリアである。
恐らく、現在のような住宅街として形成されたのも、
さほど昔のことではなく、
そもそもは、田畑の広がる、長閑な地域だったのではないだろうか?
その名残であるのか、
このエリアには、今も、造園業などを営む家が多く残っており、
ハナミズキなどを栽培しては、
庭師の小父さんなどが乗っている、白い小さな荷台の付いたトラックに、
土のついた苗木を積み込んで、
売りに行くような姿を、しばしば見かけるものである。
そんな、ちょっとした雑木林の傍らでは、
おばあちゃんらが、
趣味と実益を兼ねて野菜を育てる大きな畑があり、
夏であれば、露がしたたるようなキュウリや、
真っ赤に熟れたトマトが、
臨時に設えた売店(しばしば無人である)に並べられたり、
冬であれば、大根の土を、
手を切るような冷たさの水で洗う小母さんの姿を、
見かけたりする。
2年も通っていると、
この道は、あそこの角が車が多くて曲がり難い、とか、
ここの歩道は、デコボコしていて走りづらい、とか、
自然、楽にスムーズに走ることのできる道が決まって来る。
毎日出会う、
こどもを保育園へ送るお父さんや、
眠そうな目でどこを眺めているのか分からない白い犬。

そんな、毎日のいつもの通勤路沿いに、園芸店があった。
園芸店と言っても、
わたし、Giovanniが、うんと若い頃、
植物を育てるのが大好きで、
ほとんど毎日のように、花の苗や鉢を買ったり、
何も買わずとも、ただただ、その店先を覗きに行っていた、
前掛け姿の小母さんと、息子さんが営っていたような、
商店街の園芸店とは違っていた。
園芸店、と言うよりは、
ガーデニングショップ、と呼ぶのが似つかわしい店で、
三面が大きいガラス張りになった店をグルリと囲む庭には、
小さな花の苗や、ハーブの苗、
薔薇やら、果樹やらの鉢物、
中には、先に出た、造園業の小父さんのところのような、
立派な樹木なども植わっていた。
店内は、ここが商店街の園芸店とは違う、
ナチュラルテイストな、ガーデニンググッズなどが
所狭しと並んでいる売店と、
残りの半分は、
新鮮なハーブなどをふんだんに使った、プレートランチや、
ハーブティーなどが楽しめる、レストランになっていた。
普段の、早い時間の出勤でなく、
午後からの出勤の日など、昼前にその店の前を通りかかると、
若い奥さんたちが、
ハーブの苗を物色したり、
ランチの席の空くのを待って行列したりする様子を、
見ることができたものだ。
そこの、売店とレストランに入る、
これもまた、ガラスで出来たドアの横に、
大きなオリヴの木が生えていた。
この店が、恐らく開店して数年だから、
せいぜい、樹齢5、6年位の木だったのだろうが、
風格すら感じる大きな立派な木だった。
ご存知のように、
『オリーヴは、ぶどうと並んで、
もっとも早くから栽培されてきた果樹で、
オリーヴオイルは、すでに6000年前から
シリアで使われていたという記述がある。』
(『オリーヴオイルを使う本』ダニエル・
オージック著)
また、オリヴは、その果実も、幹や枝も、
葉も、全てが有益に使うことの出来る植物で、
地中海沿岸の国々では、
南半球の熱帯雨林で、ココナツがそうであると、
言うのと同様、
”捨てる部分の無い植物”と、オリヴのことを呼んでいる。
日本では、比較的温暖な瀬戸内の気候が、
意外にもオリヴ栽培に適していたのか、
旧くから小豆島で栽培されているが、
一般的には、国内では珍しい植物とされていた。
だが、近年のガーデニングブームで、
意外に栽培そのものは、手がかからないのと、
あの、オリヴグリーンと言われる、
いかにも、地中海の空と白い家並みに映えそうな、
深いグリーンに好感を持つのか、
家庭のベランダの寄せ植えや、オシャレなカフェなどに、
植えられているのを、よく、見かけるようになった。

園芸店の、その大きなオリヴの木を観るために、
わざわざ立ち止まることは、さすがに無かったが、
横目に眺めながら通った毎日。
いつも変わらず見せてくれるオリヴグリーンの姿が、
わたし自身、気がつかないうちに、
心のどこかに、安心感与えてくれていたのではなかっただろうか。
また、いつか、自分もこんな大きなオリヴの木を植えた庭がある、
安住の地を見つけたい、と、いうようなことを、
無意識のうちに考えていたのではないかと思う。
ある朝、同じように、いつもの道を走っていた。
件の園芸店の前を通過すると、
いつもと何やら様子が違っているのに気がついた。
店内が、閑散とした感じになっており、
オリヴの木の横のドアには、
大きな張り紙がしてあり、
園芸店の閉店が告知されていた。
ブームということの怖さなのだろうか、
一時ほどの賑わいが無くなってたのかもしれない。
或は、競合する類似した形態の店が、
もっと便利な場所にできたのか?
理由は分からないが、
ある日突然、その店は閉まってしまったのだ。
閉店後、その場所は、
元の様子をある程度残しながらも、
隣接していた中古車販売店が、買ったか借りたかで、
今まで、ハーブの苗が愛らしく並んでいた場所に、
眩しいくらいにワックスがけされて、
けばけばしい、ハワイのレイのような、
独特の装飾をほどこされた中古車が、
あれよあれよという間に、並ぶようになった。
それでも、ガラス張りの店の建物は、
ガランとした空き家のまま、
手をつけられずにいた。
そして、オリヴの木も、何も無かったかのように、
涼しげな表情で、南から照る太陽の日差しを、
浴びていたのである。
自転車通勤の良さは、
決して毎日同じ道を通う必要が無く、
その日の気分に合わせて、違う道を選ぶことも出来たり、
何か必要に迫られて、大きく気分転換をしたくなれば、
日々慣れ親しんだ今までの道を、
あっさり見限って、
今日から新しい道へ漕ぎ出すこともできる。
ふと、気がついたら、
元の園芸店の前の道は、通らなくなっていた。
特に理由は無かったのだが、
今思うと、何かを予感していたのかも知れない。
ある夜、珍しく、帰宅の道に、
中古車販売店となった、元の園芸店の前の道を選び、
街灯の無い薄暗がりの中、
いつものように、オリヴの木を目で探した。
しかし、ガラスのドアの横の、その木のあるはすの場所には、
もう、オリヴの木は無かった。
予感は、的中したのだ。
いつまでも、ここにあり続けるはずは無い、という、
オリヴの木の悲しい結末の予感が、事実になったのだ。
切り倒された切り株を確認するのは、
あまりにも惨めなので、
わざと見ないように、自転車を漕ぐ足を早めた。
木を切り倒す、しかも、オリヴの木を。
日本でも、例えば、街路樹のケヤキや、
庭の松を切り倒すということになれば、
それは、大騒ぎになるはずである。
しかし、オリヴという外来の、自分の生活とは、
直接大きな関わりの無い木だから、と、
その木を倒した人は、
斧を入れることを躊躇しなかったのだろうか?
それとも、ただ単に、
そういうセンチメンタリズムなどとは、
全く関係の無い経済活動を優先させた、
ただの作業として片付けられただけだったのだろうか?
それでも、切り株を見なかったことを幸いに、
一縷の望みをつなぎ、
どうぞ、切り倒されたのではなく、
どこか暖かで、日差しがたっぷりと降り注ぐ、
いかにもオリヴの木に相応しい場所へ、
移植されたのでありますように。
そう、祈るような気持ちで、
わたし、Giovanniは、帰路を急いだ。
振り返ってこの一連の出来事を思うとき、
果たして、あの1本のオリヴの木が、
それほどまでに自分の生活や精神に何か影響を与えていたのか、
と、問われれば、そうではないような気もする。
その木を失ってしまって、物語として、
今の自分の状況に、巧妙にこじつけているだけなのかも知れない。
だが、たとえそうだったにしても、
今、自分が、あのオリヴの木への大きな憧れの気持ちを、
強くしていることは、事実である。

イタリアの、
比較的乾燥した土地に、
しっかりと深く根を拡げて立つオリヴの木。
樹高がとてつもなく高くなることは無いが、
むしろ、枝葉を四方に茂らせ、どっしりと、安定した姿になる。
そんな姿を、どこか、自分と比較して、
あまりにも頼りげのない、足元も覚束ない今の自分を、
省みている自分がいるような気がしてならない。
旧約聖書の有名な話に、ノアの箱船の記事がある。
神を顧みなくなった人間への戒めとして、
神は、大洪水によって、地上を改めようとされる。
そのことを、勤勉で信仰に篤いノアにだけ、神はお知らせになった。
神の仰る通り、ノアは大きな箱船を建造し、
地上の全ての動物をツガイでその船に乗せ、
家族とともに、大洪水をその船で乗り越えた。
雨が止み、風がその勢いを止め、日の光が差し始め、
ノアが鳩を一羽放すと、
やがて、その鳩が、オリヴの一枝を觜にくわえて、戻って来た。
それを見たノアは、水がひき、陸地が現れていることを知り、
大洪水の終焉を確認したのだった。
そんなことからも、鳩とオリヴの枝は、
平和の象徴と覚えられるようになった。
ここのところ、何だか気持ちの穏やかに安まる日が無く、
身体も疲れ切っていた。
自分がこれから、どこへ向かおうとしているのか、
何となくその行き先に、確かな安心感を見いだせないような、
漠然とした気持ちを感じたり、
職場の色々な人間関係に翻弄されることの重圧や、
日々繰り返すだけの何も変わらない職務への疑問、
そんな幾つもの要因が、知らず知らず、
自分を痛めつけていたようだった。
安心や、平和な落ち着いた状態を、
自分がこれほどまでに望んでいたのか、と、
今改めて思い起こさせられ、自分でも驚きを隠せないでいる。
もちろん、今の自分が、極端に不安定で幸せでない、
そういうことではないし、
求めている安心や安定が、
何か、富を積むとか、貯蓄をするとか、
より楽な暮らしをする、という類いのものでないことは、
よく分かっている。
自分の心が、何を拠り所にして、
今まで生きてきたのか。
そして、自分が寄り頼む存在が、誰であるのか。
そういうことを、忘れてしまっていなかっただろうか?
或は、自分を欺いて、素知らぬ振りしてきていないだろうか?
今となっては、
あのオリヴの木を切り倒したのは、他の誰でもなく、
わたし自身だったような気がしてならないのである。
平和のシンボルであるオリヴの枝を、
今一度、この心に取り返そう。
鋭い斧を入れて、切り倒したのではなく、
どこか暖かなひだまりの、肥沃な土に植え替えるために、
掘り起こしたあの大きな木を、
わたし、Giovanniは、再び、
心に空いた大きな穴に、植えようとしている。

つい、2年ほど前まで、
荒れ果てて忘れ去られたような空き地だった広い土地が、
整備されて大きな公園になった。
人工的に作られた公園ではあるが、
なだらかにすり鉢状になった地形を上手く利用し、
ゆるやかに下っていった先に、池のある美しい公園で、
朝早くでも、池の端を散歩する人や、
犬を遊ばせている人たちを縫うように、
わたし、Giovanni同様、
通勤、通学の自転車を走らせる人で賑わう、町の公園である。
この公園にも、こんもり丸く茂った、
オリヴの木が立っていたことに、ある日、気がついた。
公園のエントランスに、
幾種類もの針葉樹が寄せ植えされたようになった、
小さな築山があり、
周りを囲む敷石を辿ると、
山を登って反対側へ降りることができる仕掛けになっている。
その山の、目立たない裏側の麓に当たる場所に、
日影を作る物が何も無く、
ただただ、太陽から放たれる全ての光線を、
一身に浴びる、オリヴのその姿を見つけたとき、
わたし、Giovanniは、思わず自転車を止めて、
その深い緑の色をした葉を、そっと撫でた。
深く耕し新しくふっくらとした、
わたしの心の土に、再び植えられたオリヴの木。
新しく生まれる、鮮やかな色のその葉を、
そっと撫でる日が、
すぐまた訪れるという予感がしてならない。
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