
今回の旅の直前、読み終わった小説がある。
宮尾登美子著の、『東福門院和子の涙』である。
これは、江戸徳川将軍家から、初めて天皇へ嫁いだ
和子、という女性を主人公とし、
その生涯を和子の側近として仕えた、
ゆき、という女性が、
和子の死後、自分の主について語るという手法で描かれた物語である。
舞台は京都御所ということもあり、また、
多くが語り言葉で書かれているという事もあって、
その小説を読んでいる最中は、ついつい御所ことばがうつり、
職場でお客様への手紙を書きながらも、
『◯◯様におかれましては、つつがのうあらしゃりますことと・・・』
などとタイピングしそうになったりした。
以前にここで、谷崎潤一郎のことを少し書いたが、
その続きとして、
わたし、Giovanniが、文章を書くにあたって少なからず影響を受けているのが、
宮尾登美子だということを、後日、書くつもりである。
宮尾作品は、文芸作品としてたいそう人気があり、
また、映画化、ドラマ化されている作品が多い。
その中でも、宮尾登美子の出世作とも言えるのが、
女性で初の文化勲章を受勲した、日本画家、上村松園の生涯を描いた、
『序の舞』である。
これもまた、京都を舞台とした作品で、
今から100年ほど前の京都の町家の暮らし、風俗、言葉などが、
生き生きと再現されている名作である。
この『序の舞』で描かれる京の町や、暮らしぶり、
そして生きた日々の言葉について、監修をしたのが、Nさん。
わたしも、親しみを込めて『おかあさん』と呼ばせていただいていた、
Nさんである。
宮尾登美子自身は、四国の生まれ育ちで、京都に住んだ事は無い。
その彼女が、物語の主人公に、京の町中を、
◯◯から××まで歩かせようとする。
すると、おかあさんは、
『そんだけの時間で、女の脚で、そないには歩けまへん』と、指摘する、
というように、物語により信憑性を持たせる役割を果たしたのである。
わたし、Giovanniと『おかあさん』の出会いは、
随分と旧い話となる。
(この話は、今回の旅の話と直接の関係が無いので、
後日、別にすることにしよう)
さて、今回の京都滞在は、数時間。
先日書いた、錦市場から、堺町通りへ抜け、
三条を通って河原町通りと交差するところのすぐ上の、
カトリック教会へ。
実は、早朝6時にバスが京都駅に到着し、
京都タワー地下の銭湯がオープンする7時までの約1時間、
わたし、Giovanniは、東本願寺へ。
東本願寺の御影堂と呼ばれる本堂は、
世界最大の木造建築物であり、今、大修復を行っている。
去年の秋の京都訪問時に引き続き、今回も靴を脱いで上がったのは、
こちら、阿弥陀堂。

わたしの場合、仏教を信心する、ということでは勿論ないのだが、
古い歴史を持ち、信仰を集めた場所への、
一種の敬意を表すつもりで、ご本尊、阿弥陀如来様の前へ。
まだ、朝早い静けさの中で、
やはり同様の思いで訪れていると思われる、数名の男女と共に、
しばし瞑目のときを過ごした。
その数時間後、わたし、Giovanniは、
先述のカトリック教会の御堂で、ミサにあずかった。
京都に住んでいた時代に通った、懐かしい教会である。
ここにも、老若男女を問わず、
人間の英知を越えた、大きな存在に畏敬の念を表し、
また、その大きな慈愛の中に身を委ねる人々の姿が。
京都という町には、その長い歴史の中で芽生えた、
信心、信仰が、深く根付いている。
数百年という歴史の経緯の間には、
お互いの信仰を否定し合うことを発端とした、
悲しく醜い争いも、絶えることが無かったのは事実である。
また、現代の、世界の様々な地域で起きている争いの原因の多くは、
やはり、信仰の違いから来るものであると言われている。
京都は、今や日本国内にとどまらず、
世界中から、ありとあらゆる人たちが、訪れる町である。
国籍、人種、文化、そして信仰の違いなどを超え、
全ての人たちを包容する力量が、この町には十分にあると思う。
日本の、京都という町が、
世界を本当の豊かさと、平和に導くための役割を、
果たす事が出来る日がくることを、
わたし、Giovanniは、願ってやまないのである。
(つづく)
9 件のコメント:
おかえりなさい〜。
楽しく読ませていただいてます。京都。いいなぁ。
今、バイトで郵便番号を調べたりすることが
多いのですが、京都の郵便番号が一番複雑。
住所もながいですよね。笑
じっくり行きたいなとか、思ってます。
鴨川の見えるカフェで好きなところがあります。
名前忘れてしまった.....。
お帰りなさい。
有意義な小旅行だったようですね。羨ましい限りです。
数日前からコメントを書こう書こうと思いつつ、「断念」しておりました。実は先週末から体調を崩して今週は全ての予定をキャンセルし、自宅療養の一週間だったものですから。未だ本調子ではなく歩くのもちょっとシンドイ状態なので、Giovanniさんの小旅行はホントに羨ましくて、羨ましくて…。
京都と宗教の問題にちょっと触れられてましたけど、後日このあたりについてはお話しましょう。シャーマニズム・八百万の神・言霊…いろいろ話題が豊富なところでもありますからね。
ではでは。
ロコさん
わたし、Giovanni、
京都市下京区高倉通松原下る西入る万寿寺通り
に、住んでました。
京都の碁盤の目の町は、とても合理的で、
通りの名前さえ知っていれば、
住所聞いて、ああ、あの辺りどすな、って
地図が浮かぶ。
(万寿寺通り、のところは、
行政が付けた、いわゆる町名です)
丸竹夷ニ押御池、姉三六角蛸錦。
四綾仏高松万五条。
と、メロディーをつけて通りの名を覚える
歌がありますね。
藤五郎さん
おやおや、体調大丈夫ですか?
京都と宗教、と言われると、若干の語弊が。
あくまでも、信心とか信仰、のお話ですので、
ご理解ください。
とにかく、お大事に。
全快をお祈りしています。
これはこれは失礼しました。どうもややこしいところへ話を持って行きたい性向があるようで…。
「京都と宗教」のお話はなかったことにして下さいな。
ではでは。
お帰りなさい。
やっと書き込めた★
最近本を読んでいないので、
久しぶりに何か読もうかなと思いました。
追伸;いちごごちそうさまでした♪
みほみほさん
ようこそ!
宮尾登美子もお薦めです。
いちご、甘酸っぱくて、イチゴらしかったですね。
おぉお。
そうです。その下ルやら上ルやらが大変で。
でも生活している人にとっては、合理的で
説明のしやすい方法なのだろうなぁと思います。
同じ国なのに、おもしろいですね。
そうそう、書き込みできました。(遅い)
やっぱり本体のせいでしたね。
今後ともちょこちょこ書かせていただきます。
よろしくです。
ロコさん
ですね、書き込み、できましたね!
ぜひ、ちょこちょこのぞいてください。
宣伝もよろしく!
そういえば、神戸に、
◯◯区××町あちら側、という地名がありました。
もち、こちら側、もあり
コメントを投稿