
数日前、ブログにUPしようとしていた、文章があった。
『最近、何気ない瞬間に、ふと、黒い斑点のような物が
見える事があった。
あれ?今見えたの何?と、びっくりし、
白内障とか緑内障とか、そんな病名が、
一瞬頭をよぎったりしながらも、
目の回りに、ゴミでもついてるんだろう、と、
その場はやり過ごしてしまっていた。
今日も、また、その斑点のような物が見えた。
まさか、この何日も、同じところにゴミがついている
わけでもあるまいし。
やはり、気になってしまうので、恐る恐る鏡を見てみた。
なぁんだ。ホクロじゃん。
見てみると、目のふちの、鼻筋の横のところに、
小さなホクロがあった。
自分の顔を普段から、まじまじと見ているわけではないが、
それでも、人並みに、
身だしなみを整えるのに必要な程度の観察は、
忘れずにしている。
こんなところに、ホクロあったのかな?
でも、鏡に映っているのは、そこにホクロがあっても、
何の違和感も無い自分の顔。
ずっと、ここに、こいつはいたんじゃなかったっけかな?
そこにあるのに、見えない物、
見えないのに、そこにあるのを知っている物。
どうであれ、見えない物は、何か頼りない。
見えない物に対しては、
疑心案儀になってしまったりする。
しかし、目に見えない物を、信じる事ができるのは、
人間の希望である。
目に見えない物の持つ力強さを信じること。
それは、人間の心の清らかさでもある。
ある人にとっては、信心だったり、
別の人にとっては、哲学だったり、
またある人にとっては、愛情だったり・・・・』
というような内容で、
次をどのように進めて行こうかな、と、思って保留にしていて、
なかなか、明確に、道を示す事ができず、
そのままにしていた。
実は、こういう内容で書き進めたかったのだ。
フランス時代の友人に、Vというスペイン人がいた。
彼とは、単なる友人という以上に、
家族愛、或は、兄弟愛を感じるような、
何かとても特別な関係で結ばれていると、互いに感じていた。
そのVとは、その後、わたし、Giovanniが、
フランスを離れた後も、
手紙のやりとりが暫く続き、互いの消息は、
いつも分かっていた。
ところが、ある時期、すなはち、
こちらは、東京での生活が始まり、
Vは、自分の研究のため、すでに、
南米ボリヴィアのLa Pazへ移り住んでいた頃から、
やりとりの回数が段々と少なくなっていた。
そして、いつの間にか、こちらは何度か、
便りをするも、梨の礫(つぶて)で、
数年間音信が途絶えてしまったことがあった。
その後、数年ぶりに受け取ったVからの便りは、
意外にも、アメリカからだった。
誰でも知っている、カリフォルニアの大学で、
研究を続けている、という内容の手紙で、
小雨の降るくぐもった冬の日に、
嬉しくて、何度もその手紙を読み返しながら、
これでまた、以前のようなやりとりが始まるのだ、と、
安心をしたことだった。
しかし、その便りを最後に、ついに、
Vからの音信はすっかり途絶えてしまったのだった。
アメリカからの手紙にあった、アメリカにいる予定の
期間のリミットも、とうに過ぎてしまい、
その後、一体どこで何をしているかも分からないまま、
次こそは、と、願いながら、
スペインのVの実家に宛てて、手紙を投函したが、
やはり返事は無く、
こちらも、手紙を書くことを諦めてしまっていた。
そのVが、"UNICEF"の仕事をしていることが分かったのは、
何気なく、Googleの検索で、Vの名前を検索してみたところ、
彼が書いた、
『中央アフリカにおける子供のビタミンとミネラル欠乏からくる
発達における障害』についての記事を発見したからだった。
(しかも顔写真入り!)
そうして、わたし、Giovanniが、
UNICEFに宛てて、即座にメールを送ったことは、
容易に想像できるでしょう?
色々と途中にあったものの、
ようやく、
現在VがUNICEFの仕事の拠点としている、
セネガルから、返事のメールを受け取った時の喜びは、
いかばかりだったことか!
だが、Vからのメールの返事には、
心なしか、ある種のフォーマル感が増していて、
以前のような、
自然な、屈託の無さを失ってしまっているような気がして
ならなかった。
仕方ない、時間の経過は、人間を変えてしまうのだ、
昔のVとは、もう違うのだ、と、
言い聞かせるしか無かった一方で、
人間の友情ーー兄弟愛とまで唱ったVとの関係が、
そんなにもろいものなのだろうか?と、
納得いかない気持ちでも、一杯だった。
目に見えない、何かを信じたい!
友情とか愛情とか、具体的な事物では
表現できない何か。
その何かを、信じたい!と、強く思ったのだった。
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今朝、ここのところの習慣で、
いちばんにMacを立ち上げ、
メールをチェックした。
Vからのメールが届いていた。
冒頭には、
”親愛なる我が兄弟へ”、とあった。
その次の瞬間、わたし、Giovanniの目には
涙があふれて、止まらなくなった。
20行足らずのそのメールには、
自分が信じたいと思い、
事実、
信じたものが何であったかのかを、全て説明する、
Vからわたしへの兄弟愛が満ちていた。
そのメールの最後に、
”As soon as my work takes me to Asia
I'll make a sign to see if we can have
(real) coffe together.”
と、あった。
『僕の仕事で、アジアへ行くようなチャンスがあれば、
まず、何はともあれ、(本当の)コーヒーを
一緒に飲む事のできる可能性を探ってみるから。』
わたしのメールの署名
"Would you like some coffee with me?
Giovanni"
に、かけた、文章であることは明らかだった。
信じていて良かった。
何も変わらずに、それはそこにあったのだ。
何千キロと距離を隔て、
地球上のこちらと、はるか彼方に離ればなれに
いるけれども、
互いの存在をこんなに近しく感じる事ができる、
大きな喜び。
その喜びを伝えるため、再度送信したメールへの
返事には、
まるで、今のVと、わたし、Giovanniの
喜びの気持ちをそのまま映したかのような、
セネガルの木に満開に咲く花の写真が添付されていた。
目に見えない何かを信じることは、
難しい。
しかし、そこにこそ、人間の希望があるということを、
わたしたちは、知っている。
PS ちなみに、目の横のホクロだが、こう考えられないだろうか?
今までもずっとあったけれど、見えなかった。
それが、見えるようになったのは、
ここのところのハードワークで、目が落ち窪み、
視界が広くなったため・・・
3 件のコメント:
こんにちは!
昨日はコメントくださり有り難う御座いました。
冒頭の大きな樹の写真と共に届いたお友達からのメールのこと、じーーーんとくる素敵なお話です。
ホクロのこと、わたしも同じような経験ありました。それについては考えることいろいろ&試行錯誤いろいろ(笑)
これからもお付き合いよろしくお願いいたします!
cavacavienさん
こんばんは。
素敵な写真がたくさんの、おいしいブログに
気をとられていました。
ca va ca vienさんなのですね。
本当なら、vientかも知れませんが?
Pierre Barouh というフランス人歌手が唱う、
”Ca va, ca vient"という歌が大好きなのです!
わたし、Giovanniも、食べること、
料理する事、大好きなのです。
これからも、よろしくお願いします!
”あまいものとあまくないもの”は、
しっかり、ブックマークしました!
またまた! あ びあんと!
どもですー。
ピエールバルー好きですっ!と強調
cavacavienもそこからいただいたのですが
tが抜けてるのは綴りを忘れてたから(汗)
ここで復習je viens/tu iens/il vient/nous venons/vous venez/ils viennent活用19番。へへ。
事後報告ですがリンクってとこにぺたっと貼らせていただきました。ご承諾くださいましね。
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