火曜日, 11月 28, 2006

爆発事故に巻き込まれる、の巻

年次休消化の目的で、
月2回くらい特に予定も無いけど、
休みを入れてもらっている。
今日は、その日。
明日の自分の定休と合わせると2連休ということだ。

生憎の天気で、
気分もまったりとしているけれど、
それでも泳ぎに行ったり、町へ出かけようと、
地味にウキウキしながら、
朝、きちんと起きて、コーヒーの支度をしていた。

わが家のコーヒーは、
簡易エスプレッソマシン、などとも呼ばれる
モカポットを使用。
下段の水タンクと、上段のポット部分を密閉し、
タンク部に仕掛けたコーヒーの粉を入れたフィルター部分に、
火にかけて圧力がかかった下段の水が、
瞬時に水蒸気と化し、コーヒー粉を通過し、
抽出されたコーヒーが上部ポット部から噴出する、
という仕組み。

何十年と、わが家のコーヒーは、こうして
毎朝毎晩良い香りを放ちながら、
作られていたのだ。

静かな連休の薄曇りの朝。

よりによって・・・

ブン!

という鈍い音が静寂を突き破った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。

次の瞬間、
部屋中が、茶色い飛沫に覆われた様子が、
目に入った。

モカポットが、爆発したのだ。












ポットの上部と下部を、
回し閉めるときに、
調子が悪い手応えは確かにあったのだが、
そんなことは全く気にせずに、
火にかけた自分を責めた。

幸い、死者もケガ人も出ることはなく、
ただただ、真っ白なキッチンの壁や天井の
至る箇所に、
深い茶色の、エスプレッソのシミがついただけだった。

わたし、Giovanniの住む、アパートの白い壁は、
ラッキーにも、
ビニール製の壁紙で出来ており、
濡れたタオルでゴシゴシと拭いたら、
シミはウソのように消えていった。
ついでに、いつもより奇麗になった。
ヒョウタンからコマとは、これか?

壁も天井も床も、せっせと磨きながら、
ウキウキの休日が台無しになったと、
悔やみながら、
それが、コーヒーが原因だと分かりつつも、
それでもコーヒーが飲みたくなった。

月曜日, 11月 27, 2006

花を贈る/少し嬉しい

ちょっとした機会に、花を贈る。
職場の同僚で、2歳の娘を持つお母さんがいて、
娘の2歳のお誕生日の時に、
娘へ、ではなくてその同僚に、
小さなブーケをあげたら、
とても喜んでくれたことがある。

女の人で、花をもらって嬉しく無い、という人は、
恐らく希有な存在ではないかな?
小さなブーケでも、
もの凄く喜んでくれるので、
こちらも少し嬉しくなる。

仕事上、とてもお世話になっている女性で、
長年のおつきあいだけれども、
一度も会った事の無いSさんという人がいる。
電話で話をするばかりで、
今までなかなか実際にお目にかかるチャンスが
無かったのである。

そのSさんの職場に、用事があって伺う事になり、
初対面するSさんに、と、
駅前の花屋で、小さなブーケを求めた。
大きな花束なんかは、大仰になると思い、
ちょっとした気持ちを表す意味で、
花屋さんが予めアレンジをして、
可愛いガラスの器に『食卓に飾るブーケ』などと
書いた札を立てて売られているものを一つ選んだ。

途中、電車でもみくちゃにされそうになるのを
かばいながら、遠路はるばる、到着。
Sさんを訪ねたところ、
『Sは体調不良でお休みしています』とのこと。

ウ、ララー。
明日必ず出勤される、と分かっていれば、
お見舞いに、ブーケを置いてくることもできたけれど、
しばらくお休み、ということだったので、
結局、ブーケは手元に残ったまま、
岐路についた。

どうしよう?このブーケ?
と、思いながら、帰り道を少し回り道をして、
別の女友だちを訪ねてみようと思いたった。
ついでに、と言っては何だけれど、
このブーケ、理由もちゃんと話して、
彼女にもらってもらおう、と。
ところが、何と、彼女も今日は不在。

で、結局のところ、





















わが家の食卓に飾られた、
小さなブーケ。

何となく、少し嬉しい。

日曜日, 11月 26, 2006

DONABE DE SOUP

気がつけば11月末。
暖冬と言われているから、比較的暖かいとは言え、
夜、自転車で帰宅して、誰もいない部屋に戻ると、
身体はすっかり冷えきっている。

そういう夜は、土鍋を出してきて、
鍋に限る。

独りで鍋、って、寂しい、と、
おっしゃる人たちもいるけれど、
そんなことは関係無く、
寒い日に、湯気たっぷりの鍋を食せば、
身体も温まり、
心も一緒にポカポカしてくる。

わが家の鍋のレパートリーは、
幾つかあるのだが、
今日は、鍋料理の話ではない。
今日は、土鍋でスープ。

土鍋にたっぷりスープを作って、
チーズトーストなんかを添えて食べれば、
本当に、幸せな気分。
作り方も簡単。
土鍋だから野菜も早く煮える。

☆シルヴァンさんのママンのスープ土鍋バージョン☆

材料 ジャガイモ 玉ねぎ ニンジン キャベツ 鶏肉
   パセリ

作り方 
1 玉ねぎはクシ切り、その他の野菜と鶏肉は一口大に
  乱切りにしておく
2 土鍋に野菜を入れ、水を注ぎ、沸騰するまで強火
3 沸騰してきたら、キャベツ、鶏肉を入れてさらに煮る
4 じゃがいもが柔らかくなったら、塩で味を整える
5 食べるときにパセリのみじん切りを添え、胡椒をひく

  *野菜は他に、ブロッコリー、カリフラワーなど、
  まあ、何でもいいのですよ!
  *トーストに、溶けるチーズをのせて少し焦げ目を
  つけたのを一緒に食べると旨い!

”シルヴァンさんのママンのスープ”という命名は、
このスープをわたし、Giovanniの母が作って、
スイス人のシルヴァンさんに食べさせたところ、
あぁ、ママンの味!と、喜んだのが由来。

とにかく、土鍋は鍋料理だけ、と思っているのであれば、
こういう使い方も、ぜひお試しあれ!


















ちなみに、わが家の土鍋は、長谷製陶のもの。

火曜日, 11月 21, 2006

ひと休み
























東京へ移り住んで、早いもので11年。
そろそろ、12年目に突入する、
わたし、Giovanni。

ご縁があって、始めた今の仕事も、
同じだけの年月、続けて来た。

がむしゃら、と言うには、のんびり過ぎた、
『頑張らない』がモットーでやってきた
11年だった、と、振り返る。

それでも、
ここまで、よく来たなー、
よく続いたなあ、と、
自分を褒めても良いんじゃない?

どうです?
ちょっと、ひと休みしませんか?

何度考え直しても、
やはり、生涯は、ただ一度。
指折り数えれば、その終焉まで、
さほど遠くは無いのだ。

ここらで、ひと休み。

本当に、自分がこうありたい自分であるために、
次に選択するのは、
何なんだろう?と、
コーヒーマグの温もりを、
指先と、掌に感じながら、
考えてみようよ。

深い水の底の、
静かな世界。

砂塵に目を覆いながらも、
走り続ける列車。

見上げると、
どうあがいても自分には
創り出すことの出来ない、
空と雲。

ひと休みの時。

日曜日, 11月 12, 2006

わが家のごはん

25歳の男子1名女子2名が、わが家へやって来た。
名目は、『25歳の会』。

彼らが、時々一緒に飲み食いをしてると聞いて、
夏の頃だったか、飛び入りで参加させてもらった。
年齢不詳キャラのわたし、Giovanni、であるが、
それにしても、うんと年下の彼らと、
話に花が咲き、楽しい飲み食いだったので、
じゃ、次回はわが家へおいで、と、話していたのを、
実現させたのだった。

4、5日前から、
彼らに何を食べさせようか、と、
色々思いめぐらせていたのであるが、
結局のところ、わたし、Giovanniの最も得意なところ、
南仏からイタリアにかけたあたりの家庭の味、
みたいなコンセプトで、メニューを考えた。

その夜のメニューはこんな感じ・・・

*茹で南瓜の自家製マヨネーズ和え
*チコリとカリフラワーのサラダ&サーディンとドライトマトディップ添え
*地鶏と3種の豆トマト煮込み&クスクス
*鰯のマスタードオーヴン焼き
*大根と柿の柚子風味サラダ
*ラ・フランスのクラムブル
*コーヒー

若い男女たちは、十分、堪能してくれて、
美味しい、凄い、を連発。
今年食べた最高の料理、などと褒められて、
少し照れたけれど、
美味しいと言われて、嬉しくないわけはなかった、
わたし、Giovanni。

ここ何ヶ月も、人を招いたことがなかったが、
以前はちょくちょく、こうやって、
職場の子たちや、友人を、2人3人、
多い時には12、3人もがやってきて、
わが家の食卓に共に着くことがあった。

一緒に働いてる子たちなど、中にはご実家暮らしもいるが、
概ね、一人暮らしで、
彼らの昼食の様子などを見ていると、
1コインショップで買った、カップ麺とおにぎりとか、
菓子パンに出来合いのポテトサラダ、なんて感じ。
まさか、毎日毎食そうではないと信じるが、
かなりの割合を、ああいう食事で済ませているんだろうと思う。

わたし、Giovanniの母は、
長年、幼稚園教諭として働いていた人で、
忙しいワーキング・ウーマンだったが、
それでも、
出来合いのオカズやレトルト食品が
食卓に上がった記憶は、ほとんどない。
夕方帰宅すると、ぱっぱっぱ、食事の支度をして、
比較的早い夕飯を好む父が、不機嫌にならない程度の時刻には、
家族全員が揃って、夕餉を囲む、という生活が
ずっと続いたものだった。

食べる事を楽しむ両親だったので、
時折、出かける外食も、
それはそれで子どもたちとしては、嬉しかったし、
家では味わうことの出来ない、
美味しいものにありつける、チャンスだった。
が、やはり、わが家のご飯に勝るものは無いと、
心から思っていたし、
夕飯をどこかで食べて来てしまう、などということは、
滅多に無かったと思う。

世の中、特に日本には、
美味、珍味と言われ、行列に並んででも食べる、
という食べ物がたくさんある。
しかし、わが家のごはん、わが家の食卓が、
本当はいちばんのはずだ、と、
わたし、Giovanniは思っている。
特に、家族と囲む食卓は、格別である。

一人暮らしをしていると、
一人で食事をすることが多いものである。
そうすると、どうしても、食事によりは、
テレヴィに集中してしまったり、
酷いときには、Macの前に座って、
メールの返信をタイプしながら、飲み食い、
などということもある。
これは、大いに反省すべき点である。

時々、と言わず、
もっと頻繁に、人を招いて一緒に食事をしよう、と、
今回の『25歳の会』で、
わたし、Giovanni、改めて思ったのである。

せっかくなので、今回のメニューにある、
”大根と柿の柚子風味サラダ”のレシピを簡単に紹介しよう。

材料 大根・柿(熟し切っていない、固いもの)・柚子
   パセリ・塩・オリヴオイル

作り方 1 大根を厚さ3mmくらいのいちょう切りにし
      ボールに入れて塩をふり、全体になじむようにして
      15分程度そのままにしておく
    2 柿も同様に、3mmのいいちょう切りにしておく
    3 柚子の皮を薄く剥いて、できるだけ細い千切りにしておく
    4 塩でしんなりした大根を、水洗いし、水気を固く絞る
    5 大根、柿、柚子の皮を混ぜ合わせ、柚子の果汁と
      オリヴオイルで和える
    6 みじん切りにしたパセリを加えてさらに混ぜ、出来上がり
      *最初に大根にふる塩の量で全体の味が左右されるので
      大根と柿を和える時点で塩が足らないようであれば、
      調整する
      *柿は甘いものより甘いの少ない固いものが適する
      

水曜日, 11月 08, 2006

おフランス

赤塚不二夫の往年の傑作、
『おそ松くん』に出てくるキャラクターに、
イヤミ、というのがいる。
出っ歯のおじさんで、おじさんとは思えない、
おかっぱ頭にいつもおされなツーツ姿。
何かというと、
しぇー。
わたし、Giovanniの幼少のみぎりの写真に、
この、しぇーを模したものがあるから、
随分昔に生まれたキャラクターだということが
分かる。

イヤミ、とってもキザなおじさんで、
自分の事を、ミー、と呼ぶ。
フランスに住んでた事があるとか(真偽は不明)で、
フタコト目には、
ミー、が、おフランスにいた時、などと発言。

アメリカにも、ドイツにも、『お』を付ける何て、
誰も考えないけど、
フランスには、何故か、『お』が似合う?

果物の美味しい季節。
わが家の食卓には、柿と、ラ・フランスが頻繁に上る。
何故か、イヤミを思い出す。
おフランスの、ラ・フランス。

日曜日, 11月 05, 2006

翼の生える日

カラーン、カラーン、カラーン・・・
と、朝のお祈りの時間を告げる鐘が、
小さな丘の上の村全体に響き渡る。
8時とは言え、空はまだ真っ暗な、
ヨーロッパの朝。

心地よい眠りを、大きな鐘の音に打ち破られ、
少し不機嫌になる。
ああ、もう少し、こうして温々と、
眠っていたいのに。

それでも鳴り止まぬ、鐘の音。

おや?待てよ?

その次の瞬間、
自分が何か大きな間違いをしでかしていることに、
気がつき始める。

今までの眠気が、
ウソのようにどこかへ取り去られ、
体中の血液が、
ドクドクと音を立てて、巡って行くのが分かる。

遅刻だ!!!

この鐘がなる時間、それは、すなはち、
修道士たちと、村の人たち、そして、
今この村へ巡礼にやってきている、
数百人の巡礼者たちが、
すでに、御堂に集まってきており、
もうまさに、最初の詩編を、
美声を持った、フレールJ-Mが、
歌い出そうとしている時分なのだ。

そして、人々が寒い村の道を歩いて、
御堂に入ったときに、
適度な暖かさの暖房が効いており、
前方のサンクチュアリーの、無数のキャンドルに、
暖かな光が灯されていなければいけない時間。

何を隠そう、それらの準備を行うのが、
わたし、Giovanniの仕事である。

わたしは、まだ、呆然とベッドの上におり、
途方に暮れていた。

が、次の瞬間、
わたしは、服を着替え、靴を履き、
まるで、背中に翼をつけた天使の如く、
自分の住む小さな家から、御堂までの道を、
飛ぶように、走っていった。
いつもなら、ゆっくり6、7分はかかる道を、
どうやったか、2分で到着したのだった。

御堂の扉を開けると、
そこは、いつもの朝の祈りのために、
全ての準備が整えられた、
静かな、空間だった。
(後で分かったが、フレールJ-Jが、
全ての準備をしてくれたそうだ)

************************************

あー、暖かい日差し。
ぽかぽかして、気持ち良いなぁ。
たまの休みは、こうしてゆっくりと眠る。

あれ?休みだっけ?
違うよね?遅番だよ、遅番。

ううううん!!
違う、違う!
普通に早番だってば!!!
な、何時?今?

時計は朝礼時間の3分前!
間に合うはずがない!

それから、わたし、Giovanni、
数年振りに背中に翼を生やして、
いつもは45分かかる道のりを、
30分で、飛んでいったのだった。

(フィクションではありません。)

土曜日, 11月 04, 2006

茶の香り

♪旅行けば 駿河の国に 茶の香り〜
ではない。
旅にも行ってなければ、駿河の国でもないが、
茶の香り漂う、
今夜の、わたし、Giovanni宅。

Eちゃんとは長い付き合いである。
昔、わたし、Giovanniが働いていた店で、
短期間のバイトをしてたのが、5、6年前だと思うから、
それ以来のお付き合い。
とは言え、その当時からここ2年位前までは、疎遠だった。

今の店に来て、
彼女がバイトを辞めてから、ずっと働いている、
某シアトル系カフェが、目と鼻の先になり、
ちょくちょくコーヒーを買いに行くようになって、
親しくさせてもらっている。

実は、Eちゃんの家も、わが家とさほど遠く無く、
Eちゃんのお母さんが、近所の陶芸教室に、
長く通ってらっしゃると聞いたのは、つい、最近だったかな。

小学生時代の友人のりょうちゃんは、
『お茶屋の』と頭につけて名前を呼んでいたように、
お家がお茶屋さんだった。
時々、店の前を通ると、お茶を焙じる良い香りがして、
胸いっぱい、深呼吸をしながら、
今日はりょうちゃん、家にいるのかな?と、
店の奥を覗き込んだりしたものだ。

お茶を焙じる香りには、人間の脳の何かを刺激して、
リラックスさせる効果があるのだろうか?
香ばしいような、それでいて清涼感のある、
鼻孔を通過して、神経に直接感じる香り・・・

そんな、りょうちゃんちの店先のような香りが、
わが家にも、今、漂っている。

数日前、昼の休憩から、自分のデスクに戻ってきたら、
小さな紙の袋がデスクの上に置いてあり、
メモ用紙に、”◯◯のEさんからGiovanniさんに”と、
走り書きされていた。
何だ、Eちゃん、来てくれたんだ!?
紙袋の中には、英字新聞にくるまれた、固くて丸い物が?
何だろう?

それが、コレ。
(画像が暗くて分かりづらくて申し訳ない!)



















大振りの梨のような形の陶器で、
上下が波形に分かれるようになっている。
表面には、木の葉のレリーフがほどこされ、
小さな丸い穴が、木の葉のレリーフの周りに
たくさん空けられている。
中に、小さなキャンドルを
入れる事ができるようになっていて、
小さな穴を通して、キャンドルの灯りが、
木漏れ日のようにゆらゆらとゆらめいて見える。

よくよく見ると、梨の軸のある部分に当たるところが、
少し凹んで窪んでいて、
そこに、茶葉を入れ、下からキャンドルを灯すと、
茶香炉のように、香りがたつのだ。

翌々日、カフェにEちゃんを訪ねると、
大きな公園の入り口にある店らしく、
公園帰りに喉を潤そうとする人などで、
いつものように賑わっていた。
ありがとう、素敵なモノを!どこか行ってきたの?
と、尋ねると、
ううん、母が作ったの!
とのことだった。

もっぱらコーヒー党のわたし、Giovanni、
時折、緑茶を購入するが、
飲みきることなく、しけらせてしまうことばかり。
そんな茶葉を、香炉に載せて、キャンドルを灯す。

茶の香りに包まれて、過ごす静かな秋の夜。

水曜日, 11月 01, 2006

掃除日より























晴れた休みの日は、
ゴロゴロ寝ていたりすると、本当にもったいない。
泳ぎに行くのは、行くとして、
それまでの時間も、充分に活用したい。
そんな気持ちが働くからか、
休みの日は、仕事のある日よりも、むしろ、
目覚めが早かったりする。
まるで、遠足の日の小学生のような、
わたし、Giovanni。

いつものように、
濃いめにいれたコーヒーで、
さらにエンジンをかけ、
先ずは洗濯機を回す。
洗濯が出来る間には、念入りに掃除を!

ほんのササヤカな庵のこと、
念入り掃除とは言え、
箒で掃いて、雑巾をかける程度の事。
20分もあれば、完了してしまう。

えー?掃除機持って無いの?と、言われるが、
掃除機なんかより、
箒と雑巾の掃除の方が、
よほど奇麗になる。
特に、畳の部屋は、畳目に沿って箒をかけ、
固く絞った雑巾で、畳目にそって拭き、
さらに、畳目に水平に拭いたら、
それは、はっきりと目に見えるくらい、
奇麗になったと実感できるようになる。

窓から入る、
秋とは言え、日差しに暖められた風が、
部屋を吹き抜ければ、
いつ何時、客人が来ようとも、
居心地良く彼らを招き入れることのできる、
庵となる。

金曜日, 10月 27, 2006

色気づく



















”Ciao! Giovannisです!”と、このブログを始めて、
もう、8ヶ月にもなるんだぁ!
シンプル、ミニマル、と、色々な方々に、
お褒めをいただいて、
ここまで、やってきたのである。

このブログの、テンプレートを選ぶ時に、
一番、シンプルなものを選んだのだけれど、
同じフォーマットで、色違いというのもあった。
でも、この全体がグレーなところが
自分にぴったりな感じがして、これにしたのである。
ときどき、ここでも紹介する、
”あまいものとあまくないもの”の、
cavacavienさんの、
ゆるいながらも貪欲な、
ご自分のブログへのパッションに、感化されて、
flickerとか、
”BOOKLOG”とか、
真似っこさせてもらったり!
随分、最初の頃に比べて、盛りだくさんになってきたかな?

寒さが、日に日に増して来て、
山間部では、紅葉の便りもちらほら。
と、いうこともありまして、ちょっと、冒険!
うちのブログも、ちょっとにしてみようかな、と。
ぼちぼちやってみるので、
ご意見、ご感想など、お聞かせくださいまし!

木曜日, 10月 26, 2006

プチ・旅行 ー甲府へー

仕事がらみで、2連休を山梨で過ごした。

仕事がらみ、というのは、99%の建て前で、
実際は、仕事なんかしていない。
現地にある、店で長年働く女性スタッフさんと、
随分前から知り合いなのに、
ちゃんと会ってお話ししたこともなかったから、
じゃあ、今度遊びに行きますよ、という約束を、
果たすのがいちばんの目的だった。

夕方から、彼女と、
これまた昔から知っている、その店の店長と3人で、
座敷を設けて、酒と肴と、会社への愚痴やら何やらを、
共にしつつ、3、4時間も過ごし、
彼女に別れを告げた後は、そのまま店長宅へ転がりこんだ。

積もる話。
なんで、◯◯と別れたのさ?
うちの会社、ホントに、××だよなー。
などなど・・・

翌朝は、鳴る目覚ましを横目に、
ゆっくりと目覚め、
店長君の車で、向かうは、ほったらかし温泉。
甲府の町から、山へ山へと車は走る。
途中、ワイナリーのぶどう畑の横を通過した時には、
昔住んでいたブルゴーニュの村を思い出したり。


















到着したほったらかし温泉は、
眼下に甲府盆地を見下ろす、海抜700mにある温泉。
恐らく、元々は、地元の人たちのみ知る、
秘湯だったに違いない。
近年、近県や、遠方からわざわざこの湯を浴びに、
人々が訪れるようになって、
あまりのほったらかしぶりに、
金品が盗難に遭うなどという不幸な事件もあったため、
ロッカーなどを設置した、脱衣場ができたようだが、
基本的には、設備という設備もない、
自然の中の風呂である。

湯船に浸かると、視界が低くなり、
見えるのは、白いススキの穂と、広く青い空ばかり。
ぬるい湯は、じわじわと体を温め、
気がつくとポカポカ、そして汗がじんわり。
体の疲れも、心の疲れも、
どんどん、体から流れて行くような、爽快感だ!

風呂上がりはお決まりの、コーヒー牛乳で喉を潤し、
次に向かうは・・・

着いたのは、甲州名物ほうとうが名物の店。
熱々の鉄鍋に、味噌と南瓜で黄色みががった汁に、
素朴な、不揃いな麺が、たっぷり。
野菜の旨い出汁が効いた、満足の味だった。


















川口湖畔を抜け、富士吉田に到着。
ここでも、別の店を訪ね、懐かしい人たちと再会。

帰りは、電車でのんびりと、
缶ビールを1本空けつつ、岐路についた。

たかだか、一日の、ちょっとそこまでの旅だったが、
心の疲れが癒された。
大きな自然の懐に抱かれ、親交の深い人たちと語り、
素朴な旨い物を食い・・・

こんなプチ・旅行を、もっとしよう。
ただただ、働くばかりの毎日じゃ、
つまらないよ、と、
わたし、Giovanniは、自分に言い聞かせながら、
この大都会、東京へと、
帰ってきたのだった!

日曜日, 10月 22, 2006

古傷の痛み
























プールで週2回泳いでいるせいもあるのか、
足の踵に、ひび割れが出来てしまう。
ぱっくりと、口を開けた傷になって、
歩くのにも、ヒーヒーと言ったりすることになる。

新しい、生々しい傷の痛みよりも、
もっと痛いのは、
古傷の痛みだ。

3年半前、自転車での通勤中に、怪我をした。
左膝の靭帯を、2本も損ねてしまった。
しかし、整形外科の先生も、
感心なさるくらいに、短時間で回復し、
歩くのにも、少々走るのにも、
全くと言って良いほど、支障が無い生活を、
今は、送る事ができている。

自転車で怪我をしたくせに、
脚が回復すると、またもや、自転車通勤を開始。
(しかも現在の通勤距離は、当時の3倍以上)
健脚ぶりを、みんなに見せつけたりしている。

ところが、その左膝が、
何の前触れも無く、そして、何の脈略も無く、
突然、ズキズキと痛むことがある。
そういう時は、階段の上り降りが、
辛かったりするくらいに、だ。

完治していると信じていたこの膝が、
突如として、痛むのには、
理由があるような気がする。
あれから、3年経っているのに、
未だに、電話の度に、
『日が短くなってきたから、自転車、
気をつけなさいよ』などと、
口酸っぱく言う、母のようなものだ。

膝に痛みを感じる時、
必ず、あの通勤中の怪我を思い出す。
そして、自転車に乗る時に、
気をつけなきゃ、と、改めて思うのだ。

古い傷は、色々な事を思い出させてくれる。
若い頃の、勢い余って作った傷や、
理由も告げられずに、信じていた人の裏切りで、
心に深く負った傷も、
今も時折、激しく疼いては、
色々な事を、今もう一度、
思い出させてくれるのである。

二度あることは・・・

戒律や教義に厳格なタイプの宗教宗派では、
そういう行為や、そういうものを携帯することを
禁じているケースが多いと思うのだが、
いわゆる、土着の信心信仰において、
おまじないやお守りの類いというのは、
絶大なる支持を得ている行為、ものではないかと思う。

わたし、Giovanniも、旅をしていた時代に、
いつもポケットには、
小さなマリア様のイコンを忍ばせていたが、
人によっては、小さな十字架だったり、水晶のお数珠だったり、
まぁ、人それぞれに、お守りとして携帯するものは、
色々あるようだ。

キリスト教には、守護聖人という考え方を持つ宗派がある。
自分を守ってくれる聖人のことで、
自分の誕生日に因んだ聖人などを、守護聖人と見なす。
個人を守ってくれる、という以外に、
◯◯の守護聖人、
例えば、航海を守ってくれる聖人、のようなパターンもある。
航海の守護聖人は、ちなみに、バリの聖ニコラス。
彼は、何と、サンタクロースの原型でもある。
あるいは、
落とし物や、失くし物をしたら、
聖アントニーに願掛けをしなさい、と、言われたりする、
聖人なども存在する。

わたし、Giovanni、実は、数日前、大切な物を紛失した。
その失くした物、というのが、小さなお守りだった。
お守りと言っても、
自分が勝手に、それをお守り代わりにして、持っているというだけ。
アルミでできた、コイン状のもので、
表面に、『神の子羊』がレリーフされているものだ。

雑貨屋で200円位で買ったものだが、
今では、
そのレリーフも摩滅し、ツルツルになってしまっていたのだけれど、
この数年、小銭入れの中に入れて、大切に持っていた。
  
  *ちょっと恋愛話も絡むので、余計に大切なもの
  だったのだけれど、その話はまたいつか!

実は、このお守り、今までも既に二度紛失していて、
二度とも戻って来た経験がある。
最初の時のことは、もう覚えていないけれど、
二度目は、小銭入れごと何処かへ落としてしまったらしく、
数日後、発見されて既に警察へ届けられていることが発覚し、
遠くの警察署まで取りに行き、
中の小銭が無くなっていても良いから、
お守りだけは!と、それこそ、聖アントニー様に祈りながら、
静かな警察の待ち合いで、待ったのを覚えている。
300円ほどの小銭と一緒に、
小さな羊のレリーフが、小銭入れの中に見えたときは、
本当に嬉しかった!

そして、数日前のことだが・・・

研修に向かうべく、職場の女性と新宿の駅で、
電車を乗り換えようとしていた。
ホームから、別のホームへ移るのに、
彼女と階段を前後になって、話しをしながら降りていたのだ。

とても無意識に、
ーあとで、ふと、我にかえったのだがー
とても無意識に、
ジーンズのおしりのポケットにいつも入れている、
小さな革の小銭入れを、用事も無いのに取り出して、
左手に持っていた。
そして、話に夢中になっている真っ最中に、
左手の指の間を、何かがスルリと抜け落ちるのを、
瞬間、感じたのだった。
階段を最後まで降り切ったときに、
あれ?っと、思って、
既に、これまた無意識のうちにポケットに収めていた、
小銭入れの中を確認して、
子羊のコインが無いことに気がついた。

大きな駅の人ごみの中でもあったし、
連れもいたこともあり、
あ、これは諦めるしかない、と、自分に言い聞かせた。
連れの女性は、心配してくれて、
階段の上まで、登って探してくれた。

もう、大丈夫、大丈夫。
きっと、誰かに拾われて、
次はその人のことを守ってくれると思うから。
きっと、大きな世界へ、旅立ちたかったんだよ。

そう、彼女に言いながら、
実は、それは自分を慰めるためだった。
駅の人ごみに落ちていった小さなコインなど、
蹴飛ばされてホームに落ちるか、
踏みしめられて、
いよいよ、原型をとどめぬようになるかが、関の山。
きっぱりと諦めるしかない、と、
本当は、思わざるを得なかったのだけれど。

その後、研修を終えて、
一人になって、町を歩いていた時、
偶然にも、失ったコインと同じ物を売っている店の前に、
気がついたら佇んでいた。
レジの前の、小さなガラスのボールを見ると、
3種類のコインが並んでいて、
”PEACE "と彫られた文字と、
オリーヴの枝をくわえたハトのレリーフの物を、
新しいお守りとして、即座に購入した。

その夜、研修用の資料を、
明日持って行く鞄に移しながら、
今日持って行った黒い鞄を片付けようとしていたとき、
何かが、床に転がり落ちた。

転がり落ちたものが何であったか、
わたし、Giovanniの口から言うまでもない。

聖アントニー様、ありがとう!

木曜日, 10月 19, 2006

Americanなバラエティー番組たち



















ケーブルテレビのチャンネルの中で、
アメリカのテレビ番組を年中放映しているチャンネルがある。
ドラマも幾つかはまって、夜な夜な観ていたのもあったのだが、
ドラマ以外に、
日本で言う、いわゆる、バラエティー番組で、
時々、見る番組が幾つかある。

"The Swan"ーわたしを変えてー、は、
いわゆる、変身番組(◯◯ライダーとかぢゃないよ)。
短絡的に言うと、
自分がブチャイクなことに、コンプレックスがあって、
人生がつまらない。
そのコンプレックスを解消して、もっと愉しい人生を!
みたいな番組。
もっとはっきり言えば、
醜くて、モテないから、奇麗になって、モテるようになりたい、
という筋立てだわな。

で、番組の冒頭に、そのブチャイクでモテない女性が登場し、
コンプレックスから来る、数々の悲劇を発表する。
そして、その後、数名のスタッフとやり取りをしつつ、
どのように変身をしたいかをまとめた上で、入院。

変身入院中の決まりとして、
決して鏡を見てはいけないというルールがあり、
全ての変身の過程を経て、
スタジオに設置された大きな鏡(最初はカーテンに覆われている)
の前に立つ。

司会者が、『心の準備が出来たら言ってね、カーテンを開けるから』と。
『準備はいいわ』の、本人の意思表示と共に、
カーテンは開かれ、変身した自分とご対面!
『ワオ!何て事なの!信じられないわ!』と、驚嘆の声!!!

みたいな流れである。

日本の番組でもあるある、お昼のワイドショーとかで、
と、思っているあなた、チ、チ、チ!
ここで言っている変身は、ヘアメイクとお洋服、みたいな
甘いもんではございません。
手術です、手術。
先に話した、スタッフ、というのは、
整形外科医、審美歯科医、眼科医、など医療チームと、
カウンセラー、コーチ、などの精神的なケアをするチームの、
数名編成なのである。

しかも、手術は、短期間の変身を要するため、
目の手術と、脂肪吸引を同時にやっちゃうとか、
かなり、ハチャメチャ!
元々の自分の面影は、すっかり無くなって、
全くの他人に変身、という位の、手術ぶりである。

それでも、変身後の女性らは、大喜びなので、良かろう。
(他人の事だし、わしゃ知らん!)

もう一つ、変身番組。
こちらは、どっちかと言うと、
日本のお昼でもやっていそうな、
◯◯改造計画!みたいなヴァージョンで、
こちらで、変身するのは、男子。

流れとしては、
彼女(または妻)のいる男子が、
例えば、マンネリした彼女との生活に刺激を与えたい、とか、
子育てで疲れている妻を喜ばせたい、とか、
男として、女性の前で良いとこ見せちゃう!的なのり。

変身内容は、
(1)ファッション・・・いっつもジャージです、ってな
   兄ちゃんを、スーツで、パリッと決めさせる
(2)ヘア&スキン・・・かっちょいい無精髭の作り方、とか
   オイリー肌のお手入れなど(メンノンなノリ?)
(3)インテリア・・・・二人の時間をもっと熱く、
   燃え上がらせるためのお部屋作り
(4)クッキング・・・・記念日のディナーは、
   フィンランド料理でいかが?
(5)コミュニケーション・・彼女のご両親に、
   初めて挨拶する時は、などのテクニック

で、この5つの項目を、レクチャーするのが、
5人のゲイのお姉ちゃんたち。
先ずは、素の男子の家を訪ねて、
アレは駄目、コレはいけてない、と、
駄目だしのオンパレード!
下手すると、汚い家具とか、
窓から外へ放り投げられたりしちゃう。

それから、男子は、5人のゲイたちに、
順々にレクチャーを受けるのだが、
先ずは、車に乗って、洋服を買いに行く。
おっされなブティックなどへゲイ1と出かけ、
普段来た事もないような、ジャケットを羽織ったり、
させられながら、
ついでに、いかした着こなし術なんかも
教えてもらったりする。

一通り、コーディネートが決まると、
『じゃあ、お次は、家具の番だ!』と、ゲイ2氏。
今度は家具屋へ。

可笑しいのは、
何故だか知らないけど、このお姉さんたち、
車から降ると、何故か走る!
短時間で、色々やっちゃう、みたいなコンセプトなのか、
何せ、車から店へ、店から車へと、
走る走る。

後は、家に帰って来て、
料理の練習をゲイ3氏(これはあくまでも練習で、
本番は、ひとりでできるもん状態)、
髭剃り、なんかをゲイ4氏とやって、
『彼女への告白のことばは準備できてる?』
なんて、ゲイ5氏が締めをくくる。

一通りのレクチャーが済むと、
6人揃ってシャンパンで乾杯(何故?)。
そして、5人のお姉ちゃんたちは、
男子に一人一人熱いハグをして、
帰っちゃうのさ。

それで、展開としては、
いよいよ、彼女を驚かせる瞬間を、
5人は、自宅(別に5人で住んでいるわけでは
ないだろうから、誰かの家)にいながらにして、
テレビで観察するわけ。

『ああん、そのアイロンの掛け方、違ってるわよ!』
とか、
『髭は、生えている方向に剃るって教えたぢゃない!』
とか、
キャーキャー騒ぎながら観るのだけれど、
ま、最後は何とか、彼女も喜んでくれて、
めでたし、めでたし、で、また、乾杯!

どちらも、アメリカらしい。
日本にも類似した(というか、アメリカのを模した)
番組があるけれど、
本場モンに比べると生温いな、と感じる。

大袈裟さと、しらじらしさ感。
視聴率稼ぐぞ!的な演出。
テレビショッピングなんかも、
明らかに、日本のものは、アメリカの番組の
コピーだもんね。

あと、一つ、アメリカの番組で気になるのが、コーチ。
ドラマなんかにも出て来る、ライフコーチってやつ。
カウンセラーとはちょっと違う、
要するに、ガンバレ頑張れと励ましたり、
アドヴァイスしたりする存在だとか。
The Swanでは、途中くじけそうになる女性の
モーチベションを上げて、
最後まで自分と闘わせる役割を果たしているし、
Queer Eyesでは、ゲイ5が同様の役割で、
男子君が、どのような自分を理想の自分として
思い描いているのかを引き出したり、
それに向かって何が必要かを、導き出したりする。

自分の人生って、自分で何とか立ち向かって行くものだと、
思っていたけど、
アメリカぢゃ、こんなことになってんのだね。
アメリカったら!

日曜日, 10月 15, 2006

はらへりマン

今日の午後、
職場の同僚のお宅へ、遊びに行った。
同僚である彼女と、旦那さん、
そして2歳半になる娘のSちゃんの住む、
陽当たりの良いマンションへ、
もう一人の同僚とでお邪魔した。

彼女と娘は、ここしばらく、
アンパンマンが大好きで、
今日も、Sちゃんと一緒に、
みんなで、アンパンマンDVDを鑑賞。
お腹がすいた人に、
自分の顔をちぎって食べさせてあげちゃう、
アンパンマンって、凄い。

だが、もっと凄いのは、
アンパンマンに今まで登場した、
キャラクターは、な、な、なんと、
1300種類。
しかも、最新のキャラクター図鑑には、
さらに、300種増えた、
1600のキャラクターが掲載されているらしい。

アンパンマンを堪能して、帰宅。
ちゃちゃっと、夕飯を作った。

bigotさんのパン
があったので、
野菜とチキンのスープを作ることに。
大きな鍋にいっぱい作って、たっぷり食べたが、
この時間になって、
ちょっと何だか、はらへりマンに変身。




















鍋のスープを温め直そう。

ビゴさんのフランスパン物語

土曜日, 10月 14, 2006

読書の秋(くくく)













秋だからって、読書ってのもねー。
秋は夜が長いからって、
読書するための時間が長くなるわけでもないし。

だけど、
『読書の秋』なんだ!

わたし、Giovanni、読書は、大好き。
小学校1年生のとき、
図書の時間に、図書室で借りた本を、
あーっと言う間に読んでしまって、
読めた、読めた、と、回りの友だちに告げたら、
嘘つき呼ばわりされた。
そんなに早く読めるわけない、って。

活字を読むのは、本当に、好きだったし、
今も、そう、基本的には。

ただ、読む時間が無い。
家のソファで、読書という柄ではない。
休みの日は、出かけがちだし、
家にいる間は、バタバタと掃除や洗濯、
飯を作ってる、または、ブログを書いてるし。

自然と、読書は、通勤の車中でということになる。
ただし、電車で通勤するときは、だ。

みなさん、ご存知かな?
わたし、Giovanni、雨さえ降っていなければ、
自宅から職場まで、片道45分を自転車で通勤している。
まさか、自転車通勤で、読書できやしないから、
雨の日の電車通勤が、
唯一の読書タイムということになる。

それじゃあ、わたし、Giovanniが、
どんな本を、どのように読むか、ということに、
みなさん、興味はおありかな?

以前に、どこかで書いた記憶があるが、
わたし、Giovanniの読書の一つの特徴は、
同じ本を、何度も何度も、繰り返して読むことである。

谷崎潤一郎の『細雪』は、何十回読んだだろう。
宮尾登美子の小説に関しては、
それぞれ数回ずつは読んでいるし。

同じ本を何度も読むと、
自分の成長ぶりが良く分かる。
全回読んだときに、同感できなかった
登場人物の気持ちが、今となっては、理解できる、
というように、
自分の変化を、気づかせてくれることがある。

さてさて、ここで、
今日のメインイベント!

わたし、Giovanniの、本棚を覗いてみませんか?

ようこそ、わたし、Giovanniの本棚へ!
ここからお入りください!

どうどう?
楽しいでしょ?

これからも、
どんどん、色々な本を紹介する予定。
今後は、ブログのリンク欄から、
お入りあれ!

みなさんも、良い『読書の秋』を!

木曜日, 10月 12, 2006

携帯電話



















携帯電話、だというのに、
電話の機能が壊れてしまっていて、
もう、2、3ヶ月も、
電話の役に立っていなかった。

多方面からの、
クレームやら、ま、実際のところ、
無いと不便な、電話機能。
昨日、やっと、新しい携帯電話を購入した。

デザインの気に入ったのも無かったし、
使い慣れているからという事に加え、
少し以前の機種だから、安かったので、
くらいの理由で、
今まで使っていたのと同じメーカーの物を、
ちゃちゃっと選んだ。

今まで、電話で不便をかけたみなさん、
ご安心ください。
電話、通じる様になりましたから。

それにしても、
世の中には、
携帯灰皿、携帯ピルケース、みたいに、
携帯◯◯、と、呼ばれている物は、
色々とあるはずなのに、
何故か、携帯電話の事を、
『携帯』と、呼ぶのが当たり前になってる。
何だか、不思議だ。

世の中には、携帯電話マニアとでも
言うのか、
頻繁に、機種を変えたり、
携帯会社を、D⇒A⇒Sと、変えてみたり、
する人たちがいるけれど、
わたし、Giovanni、今回、3年振りの
新しい携帯電話である。

待ち受け画面、着メロ、アドレス帳と、
色々設定するのが、
ちょっと楽しかったりする。

電話、かけてください!
心から、待ってます!

break fast for the 2nd morning

今朝はおめざもおめざ第2弾もなく、
いつもの朝食を。


















●マフィン(奮発して、天然酵母パンで有名な
『ルヴァン』のマフィン。
ママレードのせたのと、蜂蜜塗ったのと)
●コーヒー(写真はnoirだけれど、後でミルクをたっぷり)

母の誕生日なので、
朝から電話をかけて、しばらく話をした。

●須賀敦子の全集の文庫版化について
●ニノジュースについて
●叔母(西表へ一緒に言ったM子叔母)のデジカメ
奮闘記について
●『芋たこなんきん』出演中の、イーデス・ハンソンについて

など、話題満載。

今日は、これから、遠くのプールまで泳ぎにでかける。

ちなみに、昨日は、部屋の片付けに数時間を費やし、
いらなくなった物など、ゴミ袋に3つを破棄。
気持ちが軽くなったように感じた。

というところで、みなさんも、
良い一日をお過ごしください!

水曜日, 10月 11, 2006

疲労困憊

今日はヘトヘトだった。
昼間からビール飲んだら、
その後がぐったり。

プールへ行く電車中でも、
爆睡しちゃったし。

泳いでみたものの、
25mの片道が、辛いくらい。

もう、寝ます。