日曜日, 10月 22, 2006

二度あることは・・・

戒律や教義に厳格なタイプの宗教宗派では、
そういう行為や、そういうものを携帯することを
禁じているケースが多いと思うのだが、
いわゆる、土着の信心信仰において、
おまじないやお守りの類いというのは、
絶大なる支持を得ている行為、ものではないかと思う。

わたし、Giovanniも、旅をしていた時代に、
いつもポケットには、
小さなマリア様のイコンを忍ばせていたが、
人によっては、小さな十字架だったり、水晶のお数珠だったり、
まぁ、人それぞれに、お守りとして携帯するものは、
色々あるようだ。

キリスト教には、守護聖人という考え方を持つ宗派がある。
自分を守ってくれる聖人のことで、
自分の誕生日に因んだ聖人などを、守護聖人と見なす。
個人を守ってくれる、という以外に、
◯◯の守護聖人、
例えば、航海を守ってくれる聖人、のようなパターンもある。
航海の守護聖人は、ちなみに、バリの聖ニコラス。
彼は、何と、サンタクロースの原型でもある。
あるいは、
落とし物や、失くし物をしたら、
聖アントニーに願掛けをしなさい、と、言われたりする、
聖人なども存在する。

わたし、Giovanni、実は、数日前、大切な物を紛失した。
その失くした物、というのが、小さなお守りだった。
お守りと言っても、
自分が勝手に、それをお守り代わりにして、持っているというだけ。
アルミでできた、コイン状のもので、
表面に、『神の子羊』がレリーフされているものだ。

雑貨屋で200円位で買ったものだが、
今では、
そのレリーフも摩滅し、ツルツルになってしまっていたのだけれど、
この数年、小銭入れの中に入れて、大切に持っていた。
  
  *ちょっと恋愛話も絡むので、余計に大切なもの
  だったのだけれど、その話はまたいつか!

実は、このお守り、今までも既に二度紛失していて、
二度とも戻って来た経験がある。
最初の時のことは、もう覚えていないけれど、
二度目は、小銭入れごと何処かへ落としてしまったらしく、
数日後、発見されて既に警察へ届けられていることが発覚し、
遠くの警察署まで取りに行き、
中の小銭が無くなっていても良いから、
お守りだけは!と、それこそ、聖アントニー様に祈りながら、
静かな警察の待ち合いで、待ったのを覚えている。
300円ほどの小銭と一緒に、
小さな羊のレリーフが、小銭入れの中に見えたときは、
本当に嬉しかった!

そして、数日前のことだが・・・

研修に向かうべく、職場の女性と新宿の駅で、
電車を乗り換えようとしていた。
ホームから、別のホームへ移るのに、
彼女と階段を前後になって、話しをしながら降りていたのだ。

とても無意識に、
ーあとで、ふと、我にかえったのだがー
とても無意識に、
ジーンズのおしりのポケットにいつも入れている、
小さな革の小銭入れを、用事も無いのに取り出して、
左手に持っていた。
そして、話に夢中になっている真っ最中に、
左手の指の間を、何かがスルリと抜け落ちるのを、
瞬間、感じたのだった。
階段を最後まで降り切ったときに、
あれ?っと、思って、
既に、これまた無意識のうちにポケットに収めていた、
小銭入れの中を確認して、
子羊のコインが無いことに気がついた。

大きな駅の人ごみの中でもあったし、
連れもいたこともあり、
あ、これは諦めるしかない、と、自分に言い聞かせた。
連れの女性は、心配してくれて、
階段の上まで、登って探してくれた。

もう、大丈夫、大丈夫。
きっと、誰かに拾われて、
次はその人のことを守ってくれると思うから。
きっと、大きな世界へ、旅立ちたかったんだよ。

そう、彼女に言いながら、
実は、それは自分を慰めるためだった。
駅の人ごみに落ちていった小さなコインなど、
蹴飛ばされてホームに落ちるか、
踏みしめられて、
いよいよ、原型をとどめぬようになるかが、関の山。
きっぱりと諦めるしかない、と、
本当は、思わざるを得なかったのだけれど。

その後、研修を終えて、
一人になって、町を歩いていた時、
偶然にも、失ったコインと同じ物を売っている店の前に、
気がついたら佇んでいた。
レジの前の、小さなガラスのボールを見ると、
3種類のコインが並んでいて、
”PEACE "と彫られた文字と、
オリーヴの枝をくわえたハトのレリーフの物を、
新しいお守りとして、即座に購入した。

その夜、研修用の資料を、
明日持って行く鞄に移しながら、
今日持って行った黒い鞄を片付けようとしていたとき、
何かが、床に転がり落ちた。

転がり落ちたものが何であったか、
わたし、Giovanniの口から言うまでもない。

聖アントニー様、ありがとう!

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