
秋の朝の静寂の中で、
ふと、脳裏に蘇った。
高校卒業の時、
大変お世話になった保健室の先生に、
お礼とお別れを告げに保健室を訪ね、
さようなら、と、その部屋を出た後、
ー小さくため息つきました。
これからわたしは、旅に出る。
世の中、そんなに甘くない、
だけどもそんなに辛くない。ー
こんなフレーズが、ふと、思い浮かんだ、
その時の事を思い出した。
黄色い、ビニール製の、
スポーツタイプのショルダーバッグを、
斜めがけにしていた、その時の自分を、
はっきりと思い描く事ができる。
あのバッグ、アメリカ製のレアな物で、
とても気に入っていて、大好きだったけれど、
どこで、いつ、失ってしまったっけ?
記憶をいくら辿っても、
保健室を出て行く、高校生活最期の自分の、
肩からぶらさがっていたあの黄色いバッグは、
もう、二度と、登場しない。
学校へ行くのが嫌で嫌で、
そんな気も、勇気も無いくせに、
ただ、死ぬという事を、幾度も口にした
わたし、Giovanniを、
いつもなだめすかし、励ましてくれた、
その先生は、
その後、癌に冒され、
他人と見まがうほどに、変わり果てた姿で、
壮絶な死をとげられた。
あれから、何十年も経っているのに、
病室のベッドに横たわり、
鼻から管を通して、息苦しそうにしながら、
またね、と、おっしゃった先生の姿、声・・・
まるで、つい昨日のように感じる事ができる。
失っても、失わないでいるもの、
ずっとあるのに、まるで失ってしまったように
思えるもの。
失う事ばかりが、怖くて、
手に入れようとさえしないでいる自分。
何度も、失った経験の苦痛が、
そうさせているのだろうか。
握って、しっかり握りしめて、
手を開いたときに、
手のひらの中に残っているのは、何だろう?
幻のように、じっとりとかいた
自分の汗だけが、
妙に、キラキラと、
その手の起伏の谷間に光っていたりする。
そこには、もう何も残されていないのか?
それとも、朽ち果ててしまったと見えて、
実はそうでないものなのだろうか?
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