火曜日, 10月 10, 2006

朽ち果ててしまうものと、そうでないもの


















秋の朝の静寂の中で、
ふと、脳裏に蘇った。

高校卒業の時、
大変お世話になった保健室の先生に、
お礼とお別れを告げに保健室を訪ね、
さようなら、と、その部屋を出た後、

ー小さくため息つきました。
これからわたしは、旅に出る。
世の中、そんなに甘くない、
だけどもそんなに辛くない。ー

こんなフレーズが、ふと、思い浮かんだ、
その時の事を思い出した。

黄色い、ビニール製の、
スポーツタイプのショルダーバッグを、
斜めがけにしていた、その時の自分を、
はっきりと思い描く事ができる。

あのバッグ、アメリカ製のレアな物で、
とても気に入っていて、大好きだったけれど、
どこで、いつ、失ってしまったっけ?
記憶をいくら辿っても、
保健室を出て行く、高校生活最期の自分の、
肩からぶらさがっていたあの黄色いバッグは、
もう、二度と、登場しない。

学校へ行くのが嫌で嫌で、
そんな気も、勇気も無いくせに、
ただ、死ぬという事を、幾度も口にした
わたし、Giovanniを、
いつもなだめすかし、励ましてくれた、
その先生は、
その後、癌に冒され、
他人と見まがうほどに、変わり果てた姿で、
壮絶な死をとげられた。
あれから、何十年も経っているのに、
病室のベッドに横たわり、
鼻から管を通して、息苦しそうにしながら、
またね、と、おっしゃった先生の姿、声・・・
まるで、つい昨日のように感じる事ができる。

失っても、失わないでいるもの、
ずっとあるのに、まるで失ってしまったように
思えるもの。

失う事ばかりが、怖くて、
手に入れようとさえしないでいる自分。
何度も、失った経験の苦痛が、
そうさせているのだろうか。

握って、しっかり握りしめて、
手を開いたときに、
手のひらの中に残っているのは、何だろう?
幻のように、じっとりとかいた
自分の汗だけが、
妙に、キラキラと、
その手の起伏の谷間に光っていたりする。

そこには、もう何も残されていないのか?
それとも、朽ち果ててしまったと見えて、
実はそうでないものなのだろうか?

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