木曜日, 7月 06, 2006

いのちのせんたく ー旅とは、どこかへ行くことではなく、 誰かに会うということであるー

島で出会った人/石垣昭子さん
(実名で、良いでしょう。)



石垣昭子さんについては、ご存知の方もいるかも知れない。

"GAIA SYMPHONY"(『地球交響曲』)という、
龍村仁監督による、ドキュメンタリー映画シリーズの、
第五番に出演されている(交響曲を共に奏でる人、と紹介されている)
石垣さんは、草木染色作家である。

彼女のプロフィールについては、
ぜひ、こちらを参照して欲しい。

今回の、西表への旅のいくつかあった目的の一つに、
この石垣昭子さんを訪ねること、が、あった。


昭子さんのご主人である、石垣金星(キンセイ)さんは、西表島生まれの、
郷土史家・伝統芸能継承者であり、
昭子さんと共に、
消滅していた西表の染織芭蕉布の復興と制作を行うための
「紅露工房」を設立。
また、島の青年と「シマおこし運動」を始められた。
現代における、西表の環境を守る活動家の第一人者と言って過言ではない。

特に、約束などを取り付けていたわけではなく、
星砂海岸の帰りに、工房を訪ねたのだが、
生憎、金星さんは不在で、昭子さんが、迎えてくださった。

工房は、メインの道路から、少し脇を入ったところにあり、
細い道を、車を背伸びさせるようにして、進む。
小道の脇には、芭蕉布の原料となる、
糸芭蕉の木が、数本、植えられていた。

道を抜けると、工房の庭に到着し、車を片隅に寄せる。
大きな車での、賑々しい来客に、誰かしら?と、
首をかしげている女性が何人か、庭で作業をしていた。

アトリエの入り口で声をかけると、
芭蕉布の衣(ころも、と呼ぶに相応しい衣服)を纏った、
昭子さんご自身が、出てこられた。

瞬間、ええっと、どなたでしたっけ?
という表情をされたようだが、
叔母が名乗ると、すぐに、分かったと見え、
挨拶もそこそこに、
話題が、最近結婚し、こどもを授かった
GちゃんMちゃんの話に移ったのだった。

まぁ、冷たいものでも、と、
何の木だろうか?大きな木の下に設えられた、
木製の低いテーブルの周りの、
恐らく、芭蕉の木の切り株を工夫して作ったと思われる、
低いスツールを、それぞれすすめられた。

あの人たちは、名古屋のギャラリーの方達で、
ワークショップということで、来られてるんですよ、と、
庭で作業をしていた女性たちの事を説明してくださった。

そうこうしていると、昭子さんのお弟子さんで、
昭子さん同様に、涼やかな布を纏った女性が、
氷の入ったグラスと、小さく一口大に切ったパイナップルを、
運んで来てくれた。
盆を乗せた手は、概ね、肘のところあたりまで、
藍で、目の覚めるような色に染まっていた。

グラスにお茶を注ぐ、トクトク、カラリン、という音が
暑い午後のひと時には、オアシスのように響いた。

叔母と母は、熱心に、昭子さんのお話に耳を傾け、
また、結婚した二人と幼子について説明し、
そして、ここぞとばかりに、
染色について、金星さんについて、
質問を投げかけたりしていた。

が、わたし、Giovanniは、その工房の佇まいに、
色々と気をとられ、
お話を伺いながらも、ふらっと立ち上がって、
庭を眺めてみたり、
時折、やって来ては大木の枝に留る、鳥を観察してみたり、
アトリエの奥に、無造作に吊るされている、
作品の、遠巻きに見てみたり・・・

ゆっくり流れる、島の時間の中でも、
ここは、とびきり、時計の針が動くのに時間をかけているように
感じられたのは、
ゆったり、間を取りながら、話をされる昭子さんの人柄とも
関係性があるのではなかっただろうか。

作業をされている方たちがいることもあり、
長居にならぬようと、思いつつも、30分はお邪魔したようだ。
また、是非来て下さい、
若い夫婦のことを、これからもよろしくお願いいたします、と、
挨拶を交わして、名残を惜しみつつ、
再び、糸芭蕉の木に、車がぶつからないよう気にしながら、
工房を後にしたのだった。

旅が終わって、東京へ戻って数日、
こうして、色々な人たちの事を思い出したりしながら、
そう言えば、と、思い出したことがあった。

石垣夫妻を、叔母はどうして知っているのだろう?
そこんところの説明が、全く無かったことに、気がついた。
そこで、電話で母に聞いたところ、
意外なことが分かったのである。

母と、叔母の夫(母のいちばん上の兄、故人)の、
従兄弟に当たる人で、伊谷純一郎という人がいる。

この人は、京都大学理学部動物学科卒業後、
大分県高崎山のニホンザルの生態研究を皮切りに、
霊長類の社会構造研究の先駆けとなった人である。
後に、彼の研究の範疇は、
アフリカ、タンザニアのチンパンジーから、
その調査対象はヒトへと、拡大し、
1984年、イギリス王立人類学会より、
「人類学のノーベル賞」と称されるハクスリー賞が授けられた。

わたし、Giovanniにとっては、大叔父にあたる、この伊谷純一郎が、
数十年来の、石垣金星さんとの友人であった、というのだ。
そして、金星さんを、西表島に訪れるという約束を果たす寸前の、
2001年8月、肺炎で逝去したのだった。

西表島で、エコツーリズムというフィールドで仕事を始めた、
Gちゃんにとって、
金星さんとの関わりは、ある意味必然であり、
また、どこかに、金星さんとの交友を深めることが、
亡くなった大叔父の意志を継ぐことである、
という気持ちが、あったのではないだろうか?

もう少し、タネを明かすが、
Gちゃんの父親である、わたし、Giovanniの叔父と、
Gちゃんとわたしにとっての大叔父である伊谷純一郎は、
ただの従兄弟どうしではなく、
それぞれの両親が兄弟、姉妹どうし、
つまり、叔父の父の弟と、叔父の母の妹が夫婦で、
その長男が大叔父なのである。
したがって、叔父と大叔父は、従兄弟という以上に、
とてもよく似ており、
Gちゃんは、大叔父の中に、どこか自分の父親を
見いだしていたのではなかったかと思うのである。
そして、そういうことも、
大叔父の友人であった
金星さん、その奥様である昭子さんとの友情を、
深くしていった理由の一つとしてあったのではなかっただろうか。

現在、昭子さんは、Gちゃんが働く、
西表島エコツーリズム協会の会長をされておられる。
また、金星さんは、西表リゾート開発差止訴訟原告団呼びかけ人として、
活動をされておられる。

愛する島と、島の生命たち、島の暮らしを、守るために、
そして、この島のたくさんの恵みを、
世界の人たちに知ってもらおうと、働いておられるのである。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

その土地には、その土地でしかあり得ない産物が生まれたりするものですが、芭蕉布もそうですよね。
南の島特有のあの強いひざしの中で生きるのが必然。
以前仕事で沖縄に行ったとき、素敵な芭蕉布を見て、買い付けようかと思ったけれど、やめました。
東京に持って帰ってきたら、そのモノダマ(言霊みたいな意味合いの、私の造語です)が失われてしまうような気がして。
芭蕉布も、東京では居場所がないかなあ、と思ってね。