
(写真は、Mちゃんと愛犬。星立の浜でのシルエット)
Mちゃんとは、初対面だった。
Gちゃんと、Mちゃんの馴れ初めを語る叔母によると、
二人が最初に出会ったのは、随分昔のことらしいのであるが、
それは、お互いに顔を見た事がある、程度のことで、
Gちゃんが、長年住み慣れた大原地区から、星立集落へ越してからが、
二人がお互いを知り合い、愛を育む季節であったようだ。
Mちゃんは、まだ10代の頃から、
西表が大好きで、その魅力に取り憑かれて、
毎年何度も足を運ぶ多くの人たちの一人だったようだが、
ついに、3年前、住民票を移して、
西表の星立集落での生活を始めたそうだ。
一月ちょい前に、
二人の間に、ゆうき君という男児が生まれたことからも、
GちゃんとMちゃんが出会ってから、その後の展開が、
島の生活とはウラハラに、
随分、スピード感のあるものだったということが
容易に想像できるのである。
Mちゃんは、元々、東京都下の生まれ育ちで、
出産準備のための帰省の間も、
どうやら、名札に”Giovanni"と、書いてある人がいないかと、
キョロキョロしながら、わたしの職場にも
買い物にやって来ていたらしい。
Mちゃんも、西表を愛する事になるきっかけは、
この特別な自然の環境、海や、野生の生物たちに、
興味関心を抱いたことのようだ。
だが、星立集落に住むようになり、
島の人たちの暮らしを分かち合うようになってから、
この島の人たちが、永年、守ってきた風習や、
祭り、行事というものに、目が留るようになったと言う。
そして、そういう暮らしの基盤に、
自然を愛でると同時に、自然を畏れ、逆らわず、
上手く付き合いながら生きる知恵というものが
あるということを、
Mちゃんは再度発見したのだそうだ。
我ら、旅の一行が、星立に到着して荷を解き、
最初に、Gちゃんの家を訪ねたとき、
家には、自分たち自身も、
その前日に東京から帰って来たばかりの、
Mちゃんと、ゆうき君、
そして、初めて孫を島へ送り出すことの心配を、
少しでも和らげる為にご自分も同行された、
Mちゃんのお母さんの3人が、暑い午後のひとときを
過ごしていた。
Mちゃんは、ちょうど授乳中で、
我々が訪ねた事で、機嫌を損ねたのか、
ゆうき君が、大きな声で泣き始めた。
『かぁちゃん、おっぱいくれるの
止めんなよ!腹がすいたよ、おっぱいおくれ!』
と、言っているに違いなく、
我々は、挨拶もそこそこに、その場を引き取った。
意志のはっきりした赤ちゃんねぇ、と、
M子叔母は、感心しながらも、
赤ちゃんにはあの家は、暑いわねぇ、
クーラーを付けないのかしらねぇ?と、
幼いこどもを加えた、新しい家族の生活の今後を、
少し、心配していたようだった。
Gちゃんも、決して何も考えていないわけでは
ないのだろうが、
何しろ、夫婦もすっかり島の暮らしが当たり前になっており、
きっと、少々の不便はあっても、
自然の恩恵を、お父さんお母さんを通して、たくさん受け、
ゆうき君は、
逞しく、島のこどもとして大きくなって行くのだろう。
石垣から、東京へ帰る飛行機の中で、
M子叔母はこう言っていた。
『ゆうき君も、大きくなって、こんな狭い島の暮らしは嫌だ、と、
都会へ出て行くのよね、きっと。都会で大人になって、家族を持って・・・
そして、そのこどもがまた、ある日、会社を辞めて島へ行く、って
言い出したりするのよ、繰り返しよ・・・』
ゆうき君、Giovanniおじさんから、
沖縄で代表的な子守唄となりつつある、
元ネーネーズ・古謝美佐子の名楽曲
「童神( わらびがみ)~天の子守唄~」を、贈ります。
今夜も、星立の涼風(しだかじ)に吹かれ、おやすみなさい。

次回は、島で出会った人たち。
3 件のコメント:
たっぷり読ませていただきました!
出会い、再会、出会いの旅。いいですね。
どれも素敵な写真ばかり。シックなものも好きですが
やはり太陽が感じられる写真の力にはかなわないですね。シーサーが好きです。
私自身も父島に行った事を思い出しました。
北国生まれのあたしは、景色にも感動しましたがそこで
生きる人々からも新しさと、懐かしさを感じました。
あぁ、西表。行ってみたい...。
!いっぱい書いちゃった...。またメッセージしますね。
ロコさん
コメント、どうも。
いや、やられました。
西表の何に?と言われても、
上手く言えないけれど、
Knock Out!です。
もう少し、続きますので、
引き続き、お読みください。
Giovanni
私もじっくり読ませて頂きました!
素敵な旅だったようで何より。
はやく続きが読みたいよ〜!
写真もたっくさん見たいです!!
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