もう何日、太陽の光を見てないだろう?
ここ、数日、雨、雨、雨・・・
インドネシアで、再び地震があり、津波による被害で、
また、犠牲者が出た。
前回の地震後、インドネシアへ、急遽、帰国した、
フランス在住のインドネシア人の友人、Totokによる、
ジャワ島は、今、
地震被害からの『避難』の時期を終え、
ようやく『復興』の時期へと移り変わりつつある、という、
リポートを聞いた直後のタイミングだっただけに、
追い打ちをかけられた感を否む事ができない。
阪神淡路の大震災の時もそうであったが、
『避難』生活は、ある種の緊張感と、
人間としての”生き続けたい!”というヴァイタリティーに満たされるのか、
避難者も、案外、当初は、元気に生活をすることができる。
しかし、2、3ヶ月も避難民としての生活を続けると、
これから復興の機運が高まるという頃に、
肉体的、精神的にも、疲労が極限に達し、
体調を崩したり、鬱状態に陥ってしまったりすることが多いらしい。
今回の、日本列島各地の大雨の被害も、類を他に見ないほどのようだ。
たかが雨、と、油断していて、
大きな被害に遭ったり、怪我をしたり、亡くなった方も、少なくはない。
以前、N◯Kでも放映していた、
アメリカの連続ドラマ『ザ・ホワイトハウス』の、
再放映の昨夜のエピソードは、なかなかの秀作だった。
現役大統領ジェド・バートレットは、
学生時代、自分の父親が校長を勤める学校に、特待生として通っていた。
その当時、父親の秘書をしていた女性を、
(彼女は、自分のことを必ず、ランディーハムさん、と、呼ばせた)
大統領着任以来、彼は自分の秘書として雇っていた。
若い頃の彼に、男女平等を説き、
弱い立場にある者の為に尽くすことを教えた彼女。
秘書としても大変有能だった、大切な存在である彼女が、
ある日、初めて買った新車を取りに行くのだと、喜んで出かけた直後、
不慮の交通事故で亡くなってしまう。
彼女の葬儀が、厳かにワシントンの大聖堂で執り行われ、
その式後、大統領は、護衛官をも締め出し、独り、大聖堂の中で、
神に語りかける。
『何故だ?わたしは、今まで、あなたを信じて従ってきた。
なのに、何故だ? これはわたしの罪への酬いなのか?
これ以上もう(あなたのことは)知らない。』
そして、おもむろに内ポケットから煙草を取り出し、
火を点け、聖堂の床に落とした煙草を足で踏み消し、聖堂を後にする。
実は、大統領は、ある事実を隠しており、
これが、次の大統領選出馬を危ぶむ原因となっている。
アメリカという大国を担う大統領である自分が、
難病の持ち主であるという事実を隠蔽し続けてきたのだ。
これを、彼自身、自らを揶揄するように、罪と呼んだのだった。
神の存在を信じる、信じないは、自由選択として、
わたしたちの人生の上で起きる、
悲しく辛い出来事や、納得いかない不条理な出来事。
このような困難や困惑に直面した時に、
わたしたちは、どのようにそれを乗り越え、克服すれば良いのだろう?
時が解決するのを、ひたすら待てば良いというのか?
誰かが、何か手を打ってくれるのを期待していれば良いのか?
ドラマの中で、大統領は、この葬儀の後に、
自らの病いについての公式な発表を控え、
また、次の大統領選に出馬するかどうかの意志を表明する、
大きな記者会見を迎える。
大切な善き理解者だったランディーハムを亡くした喪失感と、
大統領選出馬への、極限の迷いの中で、
大統領は、彼女の幻を見る。
交通事故は、神様のせいじゃない。
わたしの死を言い訳にしないで欲しい。
大変だから、負けるかも知れないからと、
次の選挙に出馬しないというのは、卑怯な態度だ、と、
彼女の幻に、学生時代と同じように叱咤激励を受ける大統領。
雨が降りしきる中、私設秘書が差し出すコートを受け取る事もせず、
雨に打たれながら、会見場へ向かう車に乗り込む。
同席の主席補佐官レオにも、ただ沈黙を守る。
(この辺りから、沈黙の中、緊迫したシーンが続くのだが、
ここで、1970年代後半にデビューしたイギリスのロックバンド、
ダイアー・ストレイツの『ブラザーズ・イン・アームス』という曲が、
印象深く流れる。)
いよいよ、会見に臨む大統領。
報道官のCJには、最前列右端にいる医療関係新聞の記者を
最初に名指しするよう、くどいほど忠告されていた。
それによって、最初の質問は、医療関係の話題となり、
冒頭から、大統領の進退問題に集中することを避ける事ができるから、
だというのだ。
だが、会見場に到着するや否や、別の記者を指名する大統領。
ここで、記者は、ストレートに大統領へ質問する。
次の大統領選には、出馬するのか?と。
大統領を取り巻く側近たちの表情に、さらなる緊張感が見える。
大統領は、一体、何を決断しているのだろう。
テレビモニターを通して、大統領の表情を見つめていた、
主席補佐官レオは、大統領との、40年来の盟友関係の経験から、
大統領の一瞬の表情を読み取り、思わず、やるぞ、と、声を出す。
そして、その次の瞬間、
大統領は、両手をズボンのポケットに入れ、
口元に、微かな笑みをたたえた。
アメリカの多くのシリーズものドラマにありがちな、
最終回の幕引きは、ここで終わっている。
もちろん、この後、次のシーズンで、
大統領が何を決断したのかは、明確になるのであるが、
ここでは、それを明らかにせずに、終わっている。
しかし、このエピソードを丹念に見ていれば、
大統領が下した決断を、知る事ができるヒントが隠されている。
大統領とランディーハムが若かった頃のシーン。
男性教師と女性教師の給与に大きな差があることに、
問題意識を感じたランディーハムは、
若きジェドに、この問題を自分の雇い主である、ジェドの父親に、
問題提起するよう訴える。
ジェドは、それが問題であることは認めながらも、
それを行動に起こすことを渋る。
そのジェドに、彼女は、
困難だからと、やらずに逃げるのは卑怯だ、と、一喝する。
その言葉に、大きく心を動かされたジェド。
おもむろに、両手をポケットにつっこみ、口元に笑みを浮かべる。
あなたが、その格好をしたとき、それは、
やるということを決めた時だわ、と、
ランディーハムは、にこやかにジェドに微笑みかけた・・・

*写真は、ジェド・バートレット大統領役の
マーティン・シーン
雨は、まだ降り止まない。
しかし、必ず晴れる日はやって来る。