金曜日, 3月 31, 2006

さようなら、代々木プール!



今日、3月31日で、代々木体育館プールの
一般への開放が、終了となった。

この代々木プールは、東京オリンピックの競技用プールの
サブプールとして使用され、
オリンピック後、一般市民のスポーツ活動振興のために、
開放されてきたプールである。

施設の老朽化や、財政的な問題もあり、
止むなく、という形で、急遽一般開放の中止が告示されたのは、
ほんの数週間前だった。

今後は、団体契約使用のみでの使用ということになるらしい。

縁あって、3年前から、ここのプールへ、週1、2回、
通うようになった。

最初は足の靭帯を切る怪我の後の、リハビリのため、
水中歩行をするために。

そして、その後、せっかくこれだけ通うのであるなら、
泳がない手はない、と、
水泳上達BOOKを片手に、クロール50m完泳を1ヶ月間の
目標にかかげて、励み、
1ヶ月で見事、目標を達成したのだった。
(それまで、泳げなかった)

その後、同様の公営プールを、何カ所か、
TPOに合わせて、利用するようになったのだが、
やはり、最初に泳ぐ事ができるようになった、
この代々木のプールが、一番泳ぎ易く、
圧倒的頻度で、通い続けたのだった。

まさに、水が合う、というのはこういうこと、
と、肌で感じるほど、
他のプールでは味わえない、水との一体感を、
感じる事のできるプールだった。

今日、その最期の日に、
お別れに行くつもりだったのだが、
数日来の体調の悪さ、そして、これ以上、
悪くなることは、あってはならない様々な状況。
ぐっと、こらえて、今日は自宅で、
その最期の時間午後9時に、
『ありがとうございました』と、呟いてみた。

そんな、お別れの日の夕飯は、

・ひよこ豆入り玄米ご飯
・けんちん汁
・いかなごの佃煮

今日は、プールとのお別れの余韻を感じつつ、
とっとと寝るので、
レシピは無し。
あしからず。




ちなみに、写真は、けんちん汁&いかなごの佃煮

木曜日, 3月 30, 2006

ginger tea



ラルシュ、を知ってるだろうか?

多分、知らないと思う。

詳細を書くには、今夜は遅いので、
また、別の機会にするが、
ラルシュ、というのは、
知的ハンディキャップのある人たちと、
一つの家族として、共同生活を行う、共同体。
ジャン・ヴァニエという人が始めて、
今、同じ生き方に賛同した人たちが
世界各地でそういう家での共同生活を共にしている。

そのラルシュの家の一つが
インドのマドゥライ(昔はマドラスと呼ばれていた、
マドラスチェックの、マドラス)にある。

随分昔になるが、マドラスに住んでいた頃、
その家の人たちと親しくしていた。

忙しい生活だったので、
そうも頻繁に、彼らを訪れることができたわけでも
なかったのだが、
機会があれば、バスで30分ほどかけて、
週末を一緒に過ごしたり、
夕飯をご馳走になりに行ったりした。

Peterという実年齢は結構なおじさんなのだが、
万年青年みたいな、住人がいた。
彼は、強いて言うと、
いわゆる、知恵おくれ、というのかなあ、
ある種の天才肌なのだけれど、
とてもスローな人生を送っているタイプで、
時折、黒いサングラスをかけて、
伊達を気取ったりするような奴だった。

彼、いわく、ginger teaは、
とてもhealthyな飲み物だ、ということである。
healthyだから、絶対に飲まなくてはダメなんだ!
と、よく力説していた。

ginger tea、つまり、ショウガ入り紅茶なのだが、
確かに、とても健康に良い。
紅茶に含まれるタンニンの殺菌作用に、
ショウガの体を温めたり、血行をよくする働き。
それを聞いただけでも、風邪に良さげではないですか!

今宵は、ginger teaを飲んで
寝る事にする。
明日は、絶対、元気になっている!
だって、Peterが言っていたもん。

花冷え>>>not possible to translate


ああ、何と、日本語とは美しいものか!
そう、思いませんか?

美しい、という表現が、抽象的過ぎるのであれば、
日本語が、こんなにも、
遷ろう季節を細やかに映し出す、繊細な言葉であることに、
驚きを感じませんか?

何をどう間違えたか、風邪をひいてしまいました。

風邪をひく原因になるような心当たりは、無いのだけれど、
ここのところ、マスクをしたり、鼻をシュンシュンと
鳴らしている人たちが、何人か回りにいたので、
その人たちから、頂いたのでしょうか?

そこへきて、今日の寒かったこと。
実は、朝から背中にカイロを貼っていました。

こういう季節の寒さを、
日本語では、『花冷え』と呼ぶのをご存知でしょうか?
日本語で、花、というとき、それは一般的には、桜を指しますね。

『花冷え』とは、
こういう桜の咲くほど暖かくなった時期に、
寒冷前線が悪戯をし、寒さが戻る、
まさに、今日のような日のことを言います。

寒の戻り、が、こういう現象の総称と思われるけれど、
類似した表現として、『彼岸の小鳥殺し』というのもあります。
これは、春のお彼岸の頃に暖かくなり、
さえずり始めた小鳥を、急な寒波が襲って、
小鳥が死んでしまうような寒い日のことを表しています。

フランスにいた頃、
春先、チャペルの軒先で、
日本で言う、シジュウカラのような小鳥が
朝、死んで固くなっていたのを見つける事がありました。

ああ、彼岸の小鳥殺しだ、と、思いつつも、
それを誰かに告げようとして、相応しい言葉を考えてみましたが、
翻訳不可能で、言葉を呑み込まざるを得ない、
そんなことがあったのを、この季節になると、
思い出します。

わたし、Giovanniの、ここ数日の風邪ひきを、
ご心配くださるみなさん、ありがとうございます。
その、暖かな気持ちのぬくもりが、
きっとこの体を癒し、明日は元気な朝を
迎える事ができることと、信じております。

The worst condition - 最悪のコンディション


The coffee didn't taste good, this morning.
It could be very much according to my health condition.

As they know I am a big coffee drinker.
Early morning, breakfast, coffee break, after lunch,
afternoon coffee, after supper and before going to bed...
At any time, I do drink coffee and they are so nice.

But when I am not very well,
the coffee becomes something else.

I tried to have a cup of coffee this morning
so that I could check wheather it is nice or not,
and wheather I am fine or not.

The result was that I am not so....

If you don't feel like taking(eating or drinking) something,
then do not!
This could be a sign from your body.
Without saying aloud, your body sends you
such a sign.

Listen to your body!

水曜日, 3月 29, 2006

鰯の梅干し煮


風邪のときこそ、まともな食事をしたいので、
今宵の夕食は、

小豆入り玄米がゆ
菜花のおしたし
鰯の梅干し煮

というようなことになった。

鰯は、頭とおなかを取ってあるのが
5尾で200円くらいだったので、
お買い得!だった。

作り方を簡単に

1 鍋に焼酎(日本酒でも)を適宜入れ、沸騰させながら
  アルコール分を飛ばす。
2 十分にアルコールが飛んだら、水を入れ、
  そこに、重ならないよう鰯を並べる。
3 ショウガ皮つきのまま、5mmくらいにスライスし、
  鍋に入れ、最初は水煮のようにして、鰯を煮る。
4 沸騰して十分鰯に火が通ったら、塩少々、醤油を入れ、
  梅干しを4、5個入れて、弱火で煮続ける。

*途中、あくを取ったり、調味料を入れた後は、落としぶたをしたり。
努力は惜しまぬように
*調味料を後で入れるのは、最初から塩分を入れて煮ると、鰯の身が
固くなるから
*鰯と梅干しに塩分があるので、調味料を入れるときは、薄めの頼りない
くらいの味付けにする

食べるときは、あらためて針ショウガを添えたり、
手をかける気力があるなら、煮た鰯を、軽く魚焼きロースターなどで、
あぶり、熱くした煮汁をかけると、さらに美味い。

いつも言うようだけど、
色々と手の込んだ調理というのは、実は必要ない。
ただ、少しだけ、手間をかけるとか、
良い塩梅をするとか、
そういうことが大切なのだと思う。

美味しいものを食べる、ということに
主眼を置くのではない。
しかし、正しい方法で、素直な気持ちで料理をすれば、
それは、自然と美味しいものになる、ということなのだよ。

火曜日, 3月 28, 2006

Vin chaud



今から12、3年前、インドネシアに
住んでいたことがありました。

東南アジアの経済が、急激に上向いている頃で
首都ジャカルタも、高層の建物が
どんどん立ち並び始めていた頃。

ある日、確か誰かを訪問するために、
住所の書かれた紙切れ一枚を頼りに、
ジャカルタの都心を歩いていました。

開発が進んでいる町中にも、
時折、幾世代も前と変わらないような、
旧い市街が残っていて、
白い砂ぼこりが、もうもうと上がっているような、
どぶ川の臭いがたまらないような、
そんな街角がありました。

そんな街角に、子供を布でだっこ
(最近、日本の子育て雑誌などにも
取り上げられている、母体の前に、
首からぶらさげた布のゆりかごで
だっこするようなスタイル)
しながら、物売りをする女性の姿がありました。

何を売っていたかというと、
ビンに詰めた、茶色い液体。
茶色、というよりは、
限りなく、どぶ川の水の色のように、
よどんだ、茶とも緑とも、灰色とも言えない
液体でした。

後で分かったのは、その液体が、
いわゆる、漢方というのか、薬草のエキスで、
健康のために飲んだり、病後の滋養強壮のために
飲んだりするものだ、ということ。
トライするチャンスは、無くは無かったけれど、
結局、勇気はありませんでした。

インドでは、ちょっとした傷口からばい菌が入り、
熱が下がらなくなったことがありました。
やむを得ず、医者に診てもらったところ、
抗生物質を出され、
あまりのつらさに、仕方なく服用したところ、
口中が、発疹だらけになりました。

アーユルヴェーダの医者のところにに、
駆け込んだら、
舌と、脈をチェックされ、
これを飲みなさい、と、渡されたのが
得体の知れない白い丸薬でした。

飲み始めて、3日もしたら、
熱もウソのように下がりました。

ものを食べたり飲んだりするということは、
味を楽しむとか、美味さを堪能する、ということに
目的があるのでは無いのです。

体と心を健康に保つためのもの。
体と心が健康で、
その土地に出来た季節の野菜を食べていれば
何でもマズいはずはない。
これが、今、はやりのマクロビオティックの
精神だったりもします。

風邪をひいて、
体温が上がらない。
手足が冷たくてしょうがないので、
飲んでいます。
怪しい液体を。
色は、バーガンディーな感じ。

Burgundyは、フランスのBourgogne 地方産の
ワインの総称で、
濃いいワインレッドを、burgundy色、
などと呼ぶ。

日本の風邪っぴきには、
卵酒なるものが効くと言うように、
フランスでは、vin chaudを飲んで
体を温めたりします。

ちなみに、vin chaudのレシピはこちらが本場?
http://www.supertoinette.com/recettes/vin_chaud_in_de.htm


わが家のvin chaudは、こんな感じです。

1 鍋に赤ワインを入れ、火にかける
2 沸騰してきたら、鍋を少し傾けて鍋に火を入れ、アルコール分を
  飛ばす(火災報知器/ガス探知機に注意!)
3 ワインと、同量のリンゴジュース(100%のもの)を入れ、
  強火で温め、沸騰させる
4 お好みで、シナモンパウダーや、スライスしたオレンジ、りんごなどを
  一緒に煮込むと、より本格的

こんな飲み物をぐーっと一杯ひっかけて、
とっとと、寝てしまいましょう。

さくら、さくら




日本人が桜咲く春を愛でるように、
ヨーロッパの人たちも、花に溢れる春を待ちわび、
春の訪れを謳歌します。

ヨーロッパに、先ず最初に春を告げるのは、
南風が運んで来る、アーモンドの花の花粉。
ポルトガルやスペインで真っ先に咲く、
アーモンドの花粉が、遠く、フランスやドイツにまで
暖かな湿り気のある風とともに、
飛ばされてくる。

それによって、人々は、
長く暗かった冬が終わりを告げようとしていることを
知らされるのである。

日本人も、ヨーロッパ人も、もちろん、他の大陸に住む人々も、
何故、春を待ちわびるのだろうか?

恐らく、人間にも、未だ動物的な遺伝子の感覚が残っていて、
冬=寒く厳しく命を脅かすもの
春=命の再生を約束するもの
という認識を、
本能が感じ取るのではないだろうか?

桜が咲くと、気分がウキウキするのは、
そういう感覚が働いている証拠。

ヨーロッパでキリスト教が発展しながら、
イースター(キリストの復活を祝う祭)を、
春の暦に組み入れたのも、
こういう感覚と無関係ではないように思う。

毎年、桜の咲く季節は、職場が一番忙しい時期で、
ここ数年、花見らしい花見はしていないも同然。
(昨年は、少なからず花の下に宴を設けましたが
色々と珍事もあり、最後は酔いふっとんだ。)

わが家の近くに、見るからに老木と呼べる、
桜の木が一本。
コンビニの前の歩道に。

コンビニで買った缶ビールで、
毎年一人ささやかな花見をする。
その老木の下で。

そんなことでも、
何やら、気分はウキウキになる。

春は、そんな季節。

木曜日, 3月 23, 2006

Around the round table - 丸いテーブルを囲めば


もう、かれこれ20年くらい、
わたし、Giovanniは、自分の”丸いテーブル”を探し求めています。

20年前に、生活をしていた、
フランスのcommunauteのダイニングテーブルの中に、
丸いテーブルが幾つもあったのだけれど、
いつか自分も、こんな丸いテーブルのある生活をしたい、
と、Sister Tessaにもらしたところ、
Oh, Giovanni! I am sure that you will find
your own round table one day!
と、彼女はキッパリと、言ったのでした。

あれ以来、彼女の言葉を信じる、その根拠も知らないまま、
ずっと、変わらずに、自分自身の”丸いテーブル”を
わたし、Giovanniは、探し求めているのです。

丸いテーブルって、何なんだろう?

例えば、相互の利害関係に大きな緊張感を持った国々が、
何かの交渉ごとを行う場合、
丸いテーブルを囲むという光景を、
みなさんは、観た事ないでしょうか?

日本の、上座、下座というような、位置関係による
人間関係のランク付けのようなものって、
世界の様々な文化の中にもあるのではないかと思うのです。

そういうランク付けを、完全にではないにしろ、
かなり、無視することのできる方法が、
丸いテーブルを囲む、ということ。

四角いテーブルだと、どうしても、
『ああん、何で俺はこんな角っこなんだよぉ!』のような、
不公平感が生まれてしまうけれど、
丸いと、何だかそれだけで、円満な感覚を覚えませんかね?

フランス時代、Le Puitsー井戸という意味ーという名前のついた、
可愛い家の管理人をしていたことがあります。
そこは、communauteの宿舎になっていて、
1週間単位で、20人程度の人が宿泊する施設でした。

その家のダイニングテーブルは、大きな木製の丸いテーブルで、
随分古い物のようでした。
その日の宿泊者人数に合わせて、食事前に
テーブルセッティングをするのですが、
20人分をきっちりセットして、
皆が席に着いて食事を始めようとするころに、
飛び入りや、たった今アメリカから到着、南アフリカから到着、
というような人たちがやってきたりして、
慌てて、椅子を足したり、スープ用の皿を取り出したり。

そういう時でも、丸いテーブルであれば、みんなが少しずつ、
自分とテーブルの距離を遠くするようにすれば、
難なくみんなでテーブルを囲む事ができるのでした。

ともに食卓を囲む、という事の大切さを、
現代に生きるわたしたちは、どんどん忘れてしまっていないでしょうか?

個人の意志や、志向が尊重されることは、
それはそれで意義のあることです。

しかし、一つの食卓を囲み、
同じ皿から同じ食べ物を分け合って食する、という、
人間の最もシンプルな、共同体としての行為を、
わたしたちは、急速に失ってきているということに、
危惧を感じる事すら無いのでしょうか?

一つの家族ですら、
親子が別に食事をするとか、兄弟が別の物を食べるとか。
家庭における食卓も、
今や人間社会の最も基本的な共同体ユニットである家族にあっての
役割を果たす事がなくなってしまったのでしょうか?

みんなで、丸いテーブルを囲むということ。
わたし、Giovanniは、これを求めているのです。

追伸 ちなみに画像は、Giovanniがかつて住んでいた村です。

by Giovanni

水曜日, 3月 22, 2006

Sono Giovanni - Giovanniという名前


How come you call yourself, "Giovanni"?
People often ask me this question.

It is because my birthday is 27th December which is the feast day
for San Giovanni Evangelista.

According to my father, he wanted name me as John but
it is not a common name in Japan.
So then he named me as Jun which sounds very similar to John.

When I was in Europe, I often explained that my name could be
John in England, Jean in France and Giovanni in Italia!

よく、『何で、Giovanniなの?』と尋ねられます。
何故かというと、僕の誕生日が、12月27日だから。
その日は、福音記者聖ジョヴァンニの祭日だからなのです。

父いはく、本当は、ジョンと名付けたかったそうですが、
日本では、あまり一般的な名前ではないので、
音が似ている、ジュンにした、ということです。

僕がヨーロッパにいた頃、よく、イギリスではジョン、
フランスではジャン、そしてイタリアではジョヴァンニなのだよ、
と、説明したものです。

I have not abandoned it.... 見捨ててたわけじゃない


見捨ててたわけじゃないんだけど、最初の日記をUPしたきりにしてた、ブログ。

きちんと、毎日、または、ある程度のまとまった形で、
日記を書くことができるかなぁ、と、思いあぐねているうちに、
放ったらかしになっていただけなのだ。

何か、思ったり感じたり、はたまた見たり聞いたりしたことを、
きちんと、正しい、自分の言葉で、綴りたいとは、
ずっと思っていたのだけれど、
そろそろ、そのタイミングが来たような気がする。

むろん、楽しい事嬉しい事、ためになるお話や食べ物がらみのうんちくなど、
今までのGiovanniのスタイルは、
ある程度変わらないとは思う。

でも、ただそれだけでは終わらないはず。
怒るし、文句も言う。
痛い事や苦言もはく。

今までよりは、もう少し、
見えてくるのではないかなぁ、Giovanniが。

今日の日記、としては、
友人のHちゃんのお店が昨日OPENしたので、
今日、行ってきた。

店名にいつの間にか『代官山』ってついてて、
商魂のたくましさに脱帽!
ある意味、とにかくOPENしました!という、
これから、どんどん手を加えて、色々な姿に
変身して行く可能性を秘めたお店だなぁ、と、
思った次第。
http://room-j.jp/

春がどんどん、近づいて来る。
今年は、イースター(復活祭)が、遅い(4月16日)ので、
本当の意味での春は、まだ遠い感じがするけれど、
季節は着々と、春の気配を増している。

火曜日, 2月 07, 2006

はじめまして!って言うことでもないのだけど--it is not really that we see each other for the 1st time..?


何となく、毎日ぼんやりと思ったり、考えたりしていることや、
目にしたこと、耳に聞こえたこと、手に触れたこと、を、
ちょこっと、書いてみようかな、と思って。

書いてあることに、共感してくれたり、
おんや?と、不思議に思ったりしてくれたら、
ぜひ、ほんの一言フタコトでいいから、
メッセージをください!

by Giovanni


I have thought that it would be nice to have a chance to write
something.

Something like what I feel and I think in my daily life.
What I saw and I watched, what I heart and listened, and what I touched
by my hands....

If you find anything in my sentences which you feel like sharing with me,
please, send me your messages!

by Giovanni