日曜日, 6月 11, 2006

カレンダー









わが家のカレンダーは、
数年前から、これ、と決まっている。
ニューヨーク在住の友人が毎年、年末になると
わざわざ郵便で送ってくれるもので、
アメリカのあるコミュニティーのモノクロの写真が
月替わりに印刷されているもの。

コミュニティーの住人たちとは、
一度も会った事はないのだが、
毎年送られてくるそのカレンダーの写真を眺めつつ、
ああ、この人、歳をとったなぁ、などと、
一人、感慨に耽ったりもする。

わが家の壁には、もうこのカレンダー以外、
かかっているの想像することができない。

そんな、愛着のあるカレンダー。
送ってくれる友人には、申し開きもできないが、
実は、ほとんど役にはたっていない。

普通、カレンダーは、
月末最期の日の夜や、月が代わった最初の日に、
次のページに送るものだが、
わが家でカレンダーのページを送るのは、
年にせいぜい、2、3度である。

つまり、今日現在、わが家のカレンダーは、
まだ、2月のままである。

元々、日時の感覚に優れているのか、
あるいは、時間という制約に対しての反発からか、
時計、日記、スケジュール帳というような、
時間を管理するツールに対する興味や関心がとても薄い。

かと言って、
昔からそうであったとは思えない。
自分を、時間の管理下に置いて、かっちりと生きていた頃も
あったはずだ。

こういう今のような自分に、見事な変貌をとげたのは、
恐らく、アジアの幾つかの国々での生活の経験によると
思われる。

ある時、バンコクのイエズス会の家で、
何日か厄介になったことがあった。
夕飯は、◯時、と言われていたので、
その時間に間に合うように、と、出先から帰宅しようとして、
バンコク名物の大渋滞に巻き込まれてしまった。
バスに乗ったが、遅々として進まない。
1分に1mmくらいの感じ。
そうこうしている間に、夕飯の時刻はどんどん迫ってきた。

ようやく、最寄りのバスターミナルに到着した時は、
すでに、決められた時刻を少し過ぎてしまっていた。
そこから、猛ダッシュで家へ戻り、
汗だくになったまま、ダイニングルームに入ると、
神父たちは、みな、既に、食事を始めていた。

額に大汗をかいた、わたし、Giovanniを見て
フィリピン人の神父が、
『そんなに汗をかいてどうしたんだ?』と聞いたので、
夕飯の時刻に遅刻したから、バス停から死ぬ気で走って来たと、
説明したところ、
『ははは、走ることはないさ。遅れたら遅れた。
それでいいじゃないか! ははは!』と、言われた。

そう言われれば、インドでも、マレーシアでも、
時間に対する感覚が、非常に緩やかだった。
そんなにキリキリするこたぁない、という常識が
十分に通じるようだ。

そういう感覚に一度身を解き放ったら、
それが楽、ということに気がついた。
もちろん、この日本の一般的な社会生活で、
あちらの常識が通じない場面は多いのだが、
自分の生活の中では、
あの時の常識を通用させることもある。

その象徴が、めくらないカレンダーか。

しかし、カレンダーをめくらなくなったのには、
別の、ちょぴり悲しい思い出もある。

次回は、その話。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

自分凄くルーズなんですけど,この様な話を聞くと安心する反面、時間通りに生きてきた人だけが言える事で、元々ルーズな人間には言えた義理ではない訳です。
Giovanniさんだからこそ言える、余裕のある生活の話だと思います。
そういう風に思えるのが羨ましいです。

Giovanni さんのコメント...

Jusさん

コメントありがとう!

ただね、この話には、
ちょっぴり悲しい、失恋のオマケが
ついているんだな。

気が向いたら、続きを書きます。

またね!