少しずつ、年齢を重ねてくると、
誰かに話したり、伝えたりしたいと思うこと、
ーーこと、と言うよりは、言葉ーーが、
同じこと(言葉)の繰り返しになってくるということに、
ここ最近、気がつき始めている。
あ、また同じ話をしている、とか、
また、同じ言葉を書いている、とか。
それだけ、自分が何を相手に伝えたいのかということが、
はっきりと、明確にされてくることが、
大人になることの一つなのだろうか。
今から書くエピソードも、
もう、15年近く、
繰り返し繰り返し、人に語り伝えてきたものなので、
これを読むあなたも、既に、わたし、Giovanniの口から、
聞いたことがあるかも知れない。
1992年、日本で一年やった仕事を辞めて、
請われるままに、アジアの幾つかの国々を訪問する旅に出た。
インド南部、ケララ州の約30の町や村を、
列車やバスで訪れていた一連の旅程の途中のことだった。
いつものように、時刻表通りに来たことのない汽車に乗り込み、
どこかの町から、どこか別の町へ、移動していた。
窓の外は、南インドらしく、青々とした、瑞々しい風景。
ライスパディと呼ばれる稲田と、
そびえ立つココナツの木々を、眺めながら、
心地よい風を頬に受け、ぼんやりとしていたそのとき、
一人の少年の姿が、目に飛び込んできた。
10歳か、11歳というところだろうか?
インドによく見られる、線路沿いのいくつかの小さな家々。
その中のある家の前に立つその少年は、
背筋を伸ばし、満面の笑顔で、
通り過ぎようとしている列車に向かって、
最敬礼の格好をしていた。
日本でも、幼いこどもが、線路沿いで、
電車に向かって手を振る光景は珍しいものではない。
しかし、その少年の、列車と、
恐らくわたしを含めた列車に乗る乗客とに対するその笑顔は、
今までに見たこともないくらいに、
キラキラと輝いているように見えた。
その少年の姿が、この視界に入っていたのは、
恐らく、ほんの数秒のことで、
彼のことを知る手がかりになるような情報とて、ほとんどないが、
わたしは、こんな想像を巡らしたのだった。
インドの列車は、その当時(今現在どうなっているか知らないが)
まだ、汚水を垂れ流しながら走っていた。
先に述べたように、
その少年が立っていた家がある線路沿いというのは、
貧しい生活地域に属していることが多く、
そこからも、その少年が、決して裕福な家のこどもではないことが、
容易に察せられた。
物質的には恵まれている、例えば、
多くの日本のこどもたちとは違って、
彼の生活の中には、ゲーム機や色とりどりのおもちゃなど何も無く、
恐らく、自分の家の目の前を走る列車は、
数少ない、彼の娯楽だったのでは無いかと思ったのである。
毎日、何本も通過する列車に向かって、
あの最敬礼と笑顔で挨拶することが、
彼の毎日の楽しみだったのではなかっただろうか?
そんな想像を巡らしているうちに、
とっくに、彼が暮らす貧しい家の立つ地域から、
列車はどんどん離れて行ったのだが、
わたしの目には、その少年の姿が焼き付いていて、
消えることがなかったのである。
あれから15年もの歳月が経って、
あの少年も立派に成人しているはずである。
こんなに時を経ていても、
未だに、あの時の少年の姿を思い出すと、
わたし、Giovanniの心の中に、
何か、小さなともしびが、ポッと灯されたような気持ちになる。
空間と時間を超えて、あの時の彼に、今も、
大きな勇気を与えられているような気持ちになるのである。
名前も知らない、恐らく、生きていて再び逢うことも無いだろう、
あなたがそこにいるということ、
それが、わたしに与えてくれる大きな喜び・・・
『あなたがそこにいるということが嬉しい』
この言葉を、色々なシーンで、色々な人たちから、
聞いてきたような気がする。
それらのシーンや、それらの人たちを、
個々に思い出すことは難しいが、
インドを初めとした、アジアの国々を訪れたときも、
12年前の阪神淡路大震災のときにも、
『あなたがそこにいるということが嬉しい』と言われて、
こちらが励ましたり、手助けしたりするつもりだったのに、
そのひとことで、何か、自分の気持ちが、
救われるように感じたことが幾度もあったのを、覚えている。
昨年の今頃、ここで、
わたし、Giovanniが過ごしたフランスの共同体の創始者が、
2年前、予期せぬ突然の死をとげたことについて書いたことがあった。
8月は、6日の広島、9日の長崎への原爆投下の記念と、
15日の終戦の記念、
そして、生涯を人間の和解と平和のために生きたその人の、
生きた証しを記念する日となった16日、と、
思い起こすべき日が幾つもある月となった。
忘れようにも忘れられることなどできない、この16日の日に、
クリスマスや復活祭などの、折々にいつもそうするよう、
フランスの共同体の修道士たちへ、短いメッセージを送ったところ、
わたしが、長く一緒に旅を共にしてきた修道士、Gから、
すぐに短い返信が返ってきた。
最も短く、そして、わたし、Giovanniの心に響くメッセージだった。
『あなたがそこにいることが嬉しい』
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