月曜日, 12月 29, 2008

Giovanniのひそかな決心

そういえば、と、思いをたぐり寄せていけば、
やはり行き着くのは、
丸いテーブルのこと。

丸いテーブルを囲めば、
そこには、誰も疎外されず、
全ての人が孤独に陥ることもない。

『至聖三者(三位一体)のイコン』と呼ばれている、
このイコンについて、
あれは確か、ブラザー・エミールだったと思うが、
解説してくれたのを聞いて、
感心したことがあった。

この三人の聖人が一つのテーブルを囲む構図は、
円を意識した構図になっている。























イコンの中では、その円が完結しておらず、
未完成のままであるが、
このイコンに人が向き合うとき、
三人の聖者とその人自身の位置関係において、
完全な円が現れる。

つまり、自分自身も、このイコンに向き合ったとき、
この聖なる食卓に招かれ、
ともにそれを囲んでいる、という完全な構図が
浮き上がるのだ。

このブログで、何度書いたか分からないが、
わたし、Giovanniの、自分の”丸いテーブル”探しは、
いつも、シスター・テッサの、
あの時の一言によって、支えられている。

『きっといつか、あなたは、あなた自身の
丸いテーブルを見つけるわ。
ええ、必ず、いつか!』

この2年ほど、このブログを更新するのも、
随分、億劫になってしまっており、
せいぜい、クリスマスのメッセージを、
なんとかかんとか、書くのが精一杯になっていた。

日々、考えていること、思うこと、
そして、伝えたいと思っていることは、
そんなにたくさんは無いのだが、
幾つかは、この心のうちに、あるのだ。
どうしても、伝えたいと思っていることは。

やはり、そのためには、
この、”丸いテーブルを囲めば”が、
必要なものなのではないか、と、
一年の始めに、又、気持ちを新たに、
考えてみたりしている。

こう見えても、(さて、どう見えているのか?)
わたし、Giovanniの文章を、
それなりに気に入ってくれて、
楽しみにしてくれている人たちがいるようだ。

"Rhino memorized"というブログを、
書いている、Rhinoさんも、
折りにふれて、わたしの拙い文章を、
楽しみにしている、と、言ってくださる一人。
わたしの文章なんかより、うんと、高尚な文章を、
抜群なセンスの写真と一緒に、アップしておられる。

この未だ、実際には会ったことのない、
rhinoさんとも、
先述のイコンのように、
このブログを通して、同じ食卓を囲むことができる。
それであれば、やっぱり、
細々ながらも、もう少し、
腰を据えて、やって行かなきゃな、と、
ひそかにな決心を固めた、わたし、Giovanni。

このブログの、わたしの伝えたいことを、
わたしの知らないどこかで、
読んでくださる人が、いるのならば、
そんなみなさんとも、知らない間に、
丸い円を描いて座っているうのだろう。

ときどき、声をかけてくれたり、
そっと、何か印を残して行ってくれたら、
わたし、Giovanniも、
励まされ、力を与えられるに違いない、と、
思っている。

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