帰宅してポストを開けたら、
ケータリングや、マンションのちらしに埋もれるように、
A4サイズくらいのボール紙でできた封筒が隠れていた。
見覚えのある封筒。
心待ちにしつつも、半ば諦めてもいた、あの封筒だった。
不要なちらしを、そのまま直接ゴミ箱に葬って、
その封筒を大切に小脇に抱え、玄関ドアを開けた。
靴も鞄も、放り出したまま、封筒を開封すると、
ほら、いつもの・・・
今年で何年目になるだろうか?
ニューヨーク在住の友人、K子さんが、
航空郵便でこのカレンダーを届け
てくれるのは?
5年目?いや、もっとかな?
例年、年が改まる前の、前年の年末に届くカレンダーが、
今年は、いつまでも届かず、
K子さん、忙しいみたいだし、忘れられているのかな?と、
もう、大概、諦めていたのであるが、
今こうして手元に届いてみると、やはり、あるべきものが
ここにある、という実感がして、
例え、今年はもう半年が過ぎようとしていても、嬉しい。
いつも、このカレンダーがあるべき場所に、
ぽかんと空いてしまっていた空間に、
カレンダーを収めると、しっくりと落ち着いてくる。
このカレンダーは、アメリカのミシガン州にある、
Saint Gregory's Abbeyという修道院が作製しているもので、
縦の見開きの上部が、修道院の四季折々のスナップ写真、
下部がカレンダーとなっていて、
写真が全てモノクロなのに合わせて全体的にモノトーンに
仕上げてある。
写真は、プロが撮影したキメキメの立派な写真、
というようなのではなくて、
修道院の日常の生活、例えば、修道士たちが掃除をしている様子や、
修道院を訪れている人たちが楽しげに話している姿、など、
どれも、本当に日々の生活風景の一部を、
そのまま切り取ったような、さりげない写真ばかり。
5、6年も、このカレンダーを使っていると、
最初の頃は、まだ若々しい表情をしていた修道士が、
随分、それらしい、渋味のある風貌になってきたなぁ、なんて、
旧い友人にでも会うような気持ちにもなったりする。
このカレンダーには、修道院製のものらしく、
キリスト教で言うところの、『教会暦』が記載されていて、
12月25日がクリスマスというのは周知だが、
移動祝祭日などと言われる、復活祭などが、
今年は何月何日になるのかを知ることができる。
その他、日々の聖人の祝日なども分かるようになっている。
カレンダーを眺めながら、
忘れていた、大切な祝日や、友人の守護聖人の祭日を思い出したり、
クリスマスや、復活祭までの日々を指折り数えたり、
そういうことが、日常の生活の一部になっている
わたし、Giovanniとしては、
このモノクロのカレンダーは、不可欠なものだっただけに、
半ば諦めかけていた今年のカレンダーを、
文字通り、一年の半ばにようやく受け取ることができて、
喜んでいる。
K子さん、ありがとう。
そして、Saint Gregory's Abbeyに神のご加護を!
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